第16話 ヨネリ


 三分後、オートレイは俺の両親の前で身を固くしていた。


「オ、オートレイ二等兵であります……。隊長にはお世話に……」


 なんとオートレイは日本語が話せるようになっていた。

 これも異世界転移によるチート能力の一つだろう。

 俺も同じようにレンブロ語が話せるようになったもんなあ。


「いえいえ、こちらこそ樹がお世話になっております。ささ、どうぞお茶とカステラを召し上がって」


 母にお茶を勧められて、オートレイは心配そうに俺を見てきた。


「大丈夫だ。食べていいから」

「は、はい……」


 一口カステラを食べたオートレイがブルブルと体を震わせた。


「こ、こんなに美味しいものが世の中にあるなんて……脳が爆散しそうであります……」


 これを聞いて義父さんが喜んだ。


「長崎という土地の有名なお菓子屋さんのカステラだそうです。たくさんありますから好きなだけ食べてくださいね。お土産に持って帰ってもらってもいいですよ」

「ありがとうございます、ありがとうございます。うぅ……」


 泣きながらカステラを四切れも平らげ、オートレイはようやく落ち着いた。


「さて、戻る前に買い物に出かけないとな」

「戻るって、異世界にかい?」


 母さんが怪訝そうに聞いてくる。


「俺は部下の助けを借りないとこちらに戻ってこられないんだ。だから、俺がここに留まったらオートレイが帰れなくなってしまうだろう?」

「それじゃあ仕方がないねえ……」

「向こうでの仕事もあるし、あんまりゆっくりしていられないんだ」


 今回も帰る前にいろいろと買いそろえておきたい。


「よし、買い物にいくけど、その前に着替えだな。オートレイにも着替えてもらうからな」

「どうしてですか?」

「軍服は目立つんだよ」


 ここは田舎だから変な噂だって立ちかねない。


「というわけでちょっと行ってくる。軽トラを借りるよ」


 両親にことわりを入れて、俺とオートレイは部屋に戻った。

 そして、引き出しからシンプルなTシャツとフロントジップのパーカーを取り出す。

 前回、メーリアのおっぱいが浮き出てしまったからね、今回はちゃんとパーカーを忘れなかったぞ。


「着替えるのは上だけでいい。俺は外で待っているから」

「了解であります!」


 廊下に出て手早く着替えを済ませると、扉が開いてオートレイが姿を見せた。

 だが、どういうわけかパーカーを着ていない。

 すごい……。

 メーリアもかなりの破壊力だったけど、オートレイはそれ以上だ。

 これ、カップはいくつなんだろう?

 いやいやいやいや、見てはダメだ、見てはダメだ、見てはダメだぁああっ!


「どうしてパーカーを着ない?」

「わ、わ、わ! 前の止め方がわかりませんでしたぁ。申し訳ございません!」


 ブンブンと頭を下げるオートレイに合わせて、巨大なおっぱいまでブルンブルンと揺れている。


「わかった! わかったからじっとしていろ!」


 俺は胸に触れないよう慎重にジッパーを上げた。


「さて、今日は何を仕入れようかな。食料はまだ足りるはずだしなあ……」

「隊長、よろしいでしょうか? もし可能なら修繕用の資材や道具を買っていただきたいのですが」

「お、それはいい考えだな。よし、ついてきてくれ!」


 俺はオートレイを軽トラへと案内した。



 メーリアと同じようにオートレイも軽トラに大興奮だった。


「異世界にはこんな便利な乗り物があるのですね。これがあればレビン村にだって簡単にたどり着けそうです」


 砦からレビン村までは10キロメートルほどである。

 確かに軽トラがあれば便利だろう。

 なんとかこれを持ち帰れないだろうか?

 軽トラだけじゃなくバイクだって持っていきたい。

 この二つがあれば周囲の偵察も楽になるだろう。



 途中で銀行によって現金を引き出した俺たちは、ホームセンター『ヨネリ』にやってきた。

 ここには品ぞろえが素晴らしく、資材も工具もなんでもそろう。


「こ、ここは天国ですか!? 工兵にとっては夢のような場所です!」

「そうだろう? 今日は買うものが多いからしっかり手伝ってくれよ」

「承知いたしました!」


 なんといっても資金は2億円以上あるのだ。

 どうせ中央には戻れないのだから砦での暮らしを充実させた方がいい。

 まあ、軍を辞めるという手もあるのだけど、あの部下たちを放っておくというのも気が引ける。

 俺以外の人間だったらまともに面倒をみない可能性が大きいのだ。


「隊長、まずはなにを買いますか?」

「最初は発電機だ」


 俺が欲しいのはガソリンエンジンで動く発電機である。

 これがあれば電化製品が使えるからね。

 それに、燃料に汎用性があるのもいい。

 ガソリンを持っていけば発電機にも自動車にもバイクにも使えるというわけだ。


 以上のような理由でおよそ50万円を投じて発電機を購入したぞ。

 こちらは軽トラの荷台に積んでもらう。

 続いて電動工具やチェーンソーも購入する。


「砦の壁の補修も必要だったな?」

「はい、亀裂がいくつもありますので」


 速乾性のセメントも買っていくか。

 セメントをかき混ぜるミキサーなんかもあるといいだろう。


「そうだ、オートレイは欲しいものはないか? 日本へ帰ってこられたのも君のおかげだよ。お礼になにかプレゼントをしたいんだ」

「本当によろしいのですか!」

「その様子ではめぼしいものがあるんだな?」


 オートレイはモジモジと売り場の棚を指さした。


「実はあのシャベルが気になって」

「それでいいのか?」

「自分は穴を掘るのが大好きであります」


 そういえば面談でそんなことを言っていたな。

それにオートレイは魔法工兵だから装備の配給としてはありかもしれない。


「わかった、それを買っていこう」

「ありがとうございます!」

「そういえばメーリアにはなにもプレゼントしていなかったな。こんどリクエストを聞いてみるか……」


 その日は80万円以上の買い物をして家に帰ってきた。

 ヨネリの人も驚いていたなあ。

 俺は出迎えてくれた母さんに相談してみる。


「母さんたちは軽トラを使ってる?」

「いや、ぜんぜん」

「だったらさあ、あれを俺に譲ってくれないかな?」

「別にいいけど、もしかして軽トラを異世界へ持っていく気?」

「そのつもりだよ。うまくいくかわかんないけど」


 軽トラごと荷物を運べるのがいちばんいいのだ。

 さもなければ60キログラム近い発電機を抱えたままオートレイとキスをしなければならなくなる。


 すべての荷物に加えてバイクも軽トラの荷台に積み込んだ。

 俺は見送りをするという両親を無理やり家に戻して軽トラに乗り込む。

 だってさ、親の目の前で女の子とキスはしたくないだろう?

 助手席に乗り込んだオートレイは不安そうだ。


「隊長、うまくいくでしょうか? 私たちだけ転移して荷物はそのままということになりませんか?」

「その恐れはおおいにあるけど、まずは試してみよう。ダメならまた取りにくればいい」

「そうですね」

「それじゃあ、いいかな?」

「へっ?」


 オートレイはきょとんとした顔で俺を見た。

 異世界転移をするにはキスが必要だということを忘れているらしい。


「えーとさ、キスをするけど……」

「あ……」


 オートレイは軍服の袖でゴシゴシと自分のくちびるを擦った。


「ど、どうぞ!」


 そんなことをしなくてもいいのにと思うのだが、またそれがオートレイらしくてかわいくもあった。

 俺は軽トラのハンドルをしっかり握ったままの状態でオートレイに顔を近づける。

 二人のくちびるが触れ合うと、俺たちは世界の壁を飛び越えた。



 そこは見慣れた砦の入り口だった。


「隊長、戻ってこられました!」

「ああ、しかも軽トラも一緒だ!」


 思わず二人して抱き合ってしまったが、俺たちは慌てて体を離した。


「すまない……」

「いえ、こ、こちらこそ……」

「今度は気絶しないんだな」

「す、少しだけ慣れました。ほんの少しですが……」


 うん、前よりも俺の目を見て話せるようになっているな。

 うれしい傾向だ。


「ところで、なにか能力は身についたか?」


 異世界に転移したことでメーリアは弓がまともに飛ぶようになった。

 だったらオートレイにも変化があるかもしれない。


「あ……、なんだか土魔法の能力があがった気がします」


 そう言ってオートレイはその場に穴を掘った。

 直径60センチメートル深さ4メートルほどの穴が十秒程度で出来上がった。


「自己記録更新です!」


 オートレイは嬉しそうにしているけど、魔法工兵としてはまだまだだな。

 だけど今は褒めておくとしよう。


「頑張ったな。だが、より一層の精進を期待する」

「はいっ!」


 俺たちが帰ってきた気配を察知して隊員たちが砦から出てきた。

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