第15話 リッチマン


 気がつけば俺たちは実家の部屋にいた。

 これはメーリアのときと同じである。


「やったぞ、オートレイ! 異世界転移は成功だぁっ!」

「た、た、た、隊長……うーん……」

「えぇっ!?」


感極まってオートレイに抱きついてしまったけど、そのせいでオートレイは気絶してしまったようだ。

 いきなり抱きついたりして悪いことをしてしまった。

 男が苦手みたいだから、よほどショックだったのだろう。

 再び日本へ戻ってこられたのがうれしくて我を忘れてしまったが、後で謝っておかなければならないな。

 だがちょうどいい。

 オートレイにはしばらく寝ていてもらい、調べ物をしてしまおう。

 俺は部屋のパソコンを開いた。


 先日、コンビニで預金残高を見たとき俺の予想よりも多いことがわかった。

 あれからいろいろ考えたんだけど、それは転移前にやっていた投資が関係あるんじゃないかと思い至ったのだ。

 二年前のことだが、ウイスキーに酔った俺は自分の全財産300万をぶっこんでとあるアメリカ株を買った経験がある。

当時は配当金などなかったが、その株に配当金がつくようになったのではと考えたのだ。

さて、どうなっているかな? 

よしよし、二年ぶりだが証券会社のホームページには問題なくログインできたぞ……。

 ここからマイページに移動して、資産状況のページを見れば状況ははっきりするはずだ。


「はあっ!?」


 あまりのことに思わず声を張り上げてしまった。

 最初に目に飛び込んできたのは自分の資産合計額なのだが、なんと2億1千356万2105円になっている。


「ど、どういうことだよ……?」


 俺は震える手でマウスをクリックし詳細を調べた。

 その結果わかったことだが、酔っ払って買った株がなんと70倍以上になっていた。

 2ドルで買った株が141ドルになっていたのだ!

 しかも、いまは円安で為替差益がえらいことになっているぞ。

 俺、異世界に行っている間に億り人じゃねえか……。


「う、うーん……」


 気絶していたオートレイが目を覚ました。


「ここは……?」

「起きたか? ここは異世界だ。俺たちは異世界転移に成功したんだよ」

「おお、そうでした!」

「よし、さっそく買い出しに出かけるぞ。今ならなんだって買えるからな」


 自分の資産状況を見て気が大きくなった俺はそう請け合った。

 だって2億円だぜ。

 税金を払ったって1億数千万円の金が手元に残るのだ。

 まあ、まだ利益確定はしなくていいか。

 配当金も出ているようだから、とりあえずこのままにしておこう。


「隊長、どこへ行くのですか?」

「そうだなあ……」


 オートレイと出かける相談をしていると廊下から話し声が聞こえてきた。


「いま、樹の部屋から声がしなかった?」

「まさか……」


 あの声は母さんと義父さんじゃないか。

 きっと今日は休日で家にいたに違いない。

俺は小声でオートレイに命令した。


「ここを動くな。物音を立てるのもダメだぞ」

「了解であります」


オートレイを見られる前に俺は廊下に出た。


「母さん、義父さん……」

「樹!」


俺が姿を現すと母さんは両手で顔をおおってその場に泣き崩れてしまった。

少しやせた肩に手を置いて俺は謝る。


「ごめん、母さん。その……ただいま……」


 母さんはしばらくしゃべることができないほど泣き続けた。



 落ち着いた両親と俺は居間で話し合った。

 平静さを取り戻した母は、怒りを滲ませて俺を問い詰める。


「本当に心配したんだからね。今までどこへ行っていたの!」

「いやあ、それがさあ……」


 正直に異世界へ行っていたと説明して、両親は信じてくれるのだろうか?


「樹、他人に言えないようなことをしてないだろうね?」

「なんだよ、それ?」

「あれよ、闇バイトとか特殊詐欺とか」

「そんなわけないだろう。俺、ちゃんと働いていたし! って、仕事はどうなった?」

「樹がいなくなってしばらくしてから解雇になったわよ。上司の田畑さんが何度も家に来てくれたんだから」


 俺が失踪して二年が経過している。

 そうなるのが当然か。

 田畑さんには悪いことをしたなあ。


「それで、本当にどこへ行っていたの?」

「信じてもらえないかもしれないけど……」


 そう前置きをして俺は事実を両親に話した。

 当然、母はポカンとした顔をしていたが、意外にも義父は俺の話を信じてくれた。


「ほらな、だから言ったじゃないか! 樹君は神隠しにあったって」


 義父さんは母の再婚相手で俺のことを樹君と呼ぶ。

 とても穏やかで優しい人のなのだ。

 血のつながらない俺のこともよくかわいがってくれ、ずっと良き相談相手だった。


「義父さん、信じてくれるの?」

「もちろんだ。だって私は防犯カメラでそのときの映像を見ているからね」

「え、うちに防犯カメラなんてあったっけ?」


 義父さんはノートパソコンを起動させながら説明してくれた。


「ほら、二年前にここいらで金属が盗まれる事件が頻発しただろう?」


 そういえば、そんな事件があった気がする。

 三軒隣の中村さんの家でも大量のチェーンが盗まれたっけ。


「物騒だってことで、私も樹君が失踪する前日にカメラを取り付けたんだよ。ほら、これを見てごらん」


ノートパソコンの画面にはパジャマにサンダル姿の俺が盛大に転ぶ姿が映し出されていた。

しかも転んだ直後、俺の姿は完全に消えている。

まさに異世界転移の瞬間をとらえたスクープ映像だった。


「私はこれを見て、樹君は神隠しにあったんだって言ったんだよ。でも、警察はいっさい信じてくれなくてねえ」

「でも、この人はこの映像を見せて、樹は絶対に生きているって私を慰めてくれたのよ」


 そんなことがあったのか……。


「ちょっと信じられないけど樹が異世界とやらに行ったとして、あんたはそこでどうやって暮らしているの? なんだか変な格好をしているけど」

「ああ、俺は軍人になったんだよ……って、オートレイのことを忘れてた」

「オートレイ? お友だちかい?」

「いや、俺の部下だよ。母さんたちを驚かすといけないから、部屋で待っていてもらってたんだ」


 客がいると聞いて二人はそわそわしだした。


「なにをやってるんだか! 早く呼んできなさい。私はお茶を淹れるから」

「なにかお茶菓子があったっけ? そうだ、先日取引先にいただいたカステラが……」



 自室に戻るとオートレイは所在なさげに突っ立っていた。

 知らない場所に残されて不安だったようだ。


「すまん、待たせたな」

「もうよろしいのですか?」

「ああ、おかげで両親にこれまでの事情を説明できたよ」

「それはよかったですね」


 オートレイはニコニコと頷いた。


「それでな、両親が会いたがっているんだ」

「会いたがっている……誰に?」

「ここにはオートレイしかいないだろう?」


 突然、オートレイが挙動不審になった。


「そ、それは、キスをしたから、次は結婚という……」

「違う! 断じて違うぞ!」

「そ、それはそうですよね……」

「悪いが頼む。ちょっと顔を見せるだけでいいから」

「でも、こんなのが隊長の部下だなんて知れたら、絶対に幻滅されてしまいますよぉ」


 怯えるオートレイに頼み込み、なんとか両親のところへ連れて行った。

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