第14話 順番
***
食堂に戻ってくると隊員たちはそれぞれの椅子に腰かけた。
普段であれば思い思いに会話を楽しむ時間であるが、誰もなにもしゃべらずに黙りこくっている。
それぞれに思うところがあり、夢の異世界転移に思いを馳せているのかもしれない。
だが、沈黙を破って最初に口を開いたのはアインだった。
「ずいぶんとぼんやりしているのね、メーリア」
「え、わたし?」
「さっきからとろけた顔をしちゃってさ。そんなに隊長とのキスがよかった?」
「あれはそういうのじゃないわよ。異世界へ行くための手段であって……」
アインは意地悪く肩をすくめてみせる。
「どうだか? 私たちに見せつけてマウントをとったつもりかしら?」
「そんな!」
見かねてディカッサが止めに入った。
「やめなさい、アイン。あれが実験だったことはあなたもわかっているはずよ」
「ふん、私が気づかないと思った? アンタだって少し顔が赤くなっていたわよ。研究のためとか言って、本当はときめいていたんじゃないの?」
「そ、それは……」
ディカッサがわずかにうろたえる。
「仕方ないでしょう、ファーストキスだったんだから。私にだって感情はあるわ」
「そうだったの?」
「でも、いまさらどうでもいいわ、そんなこと……」
アインは偉そうに腕を組んでふんぞり返った。
「言っておくけど明日は私の番ですからね」
当然とばかりの発言だったが、これにオートレイが異議を唱える。
「わ、私も異世界へ……」
「オートレイは男の人が苦手でしょ?」
シッシッとアインは手を振ってけん制したが、オートレイは引き下がらなかった。
「わ、私だって異世界へ……行ってみたいです……」
ここまで自分を主張するオートレイはめずらしい。
「そのためには隊長とキスしなきゃいけないんだよ。わかっているの?」
「私はかまいません。というか、こんなときじゃないと私なんかがキスしてもらえる機会なんて一生ないでしょうから……」
「あんた、それ間違っているよ。あんたは陰キャだし、顔は72点くらいだけど、バディーだけは120点じゃん」
そう呟いてアインはうらやましそうにオートレイの体を見た。
分厚い軍服に隠されていて普段はわからないのだが、アインが言うとおりオートレイはスタイルがよいのだ。
バストサイズは隊員の中でいちばんの大きさを誇る。
だが、本人は自分の魅力にはいっさい気が付いていないのだ。
それまでずっと黙っていたリンリが口を開いた。
「くじ引きで順番を決めませんか? それなら公平だと思います」
「もう、それでいっか……」
いちばんわがままなアインが了承して、隊員たちはくじをひくことにした。
***
起床ラッパの音で目が覚めた。
本日は砦周辺の見回りと修繕箇所の確認を予定している。
それと、補給物資が滞っていることを北部方面の本部に知らせなければならない。
やることは山積みだ。
身支度を整えて食堂へいくと、他の隊員たちはすでにそろっていた。
「おはよう、みんな」
「おはようございます、隊長」
当番兵が食事の用意をしてくれたようで、テーブルの上には茹でたジャガイモとニンジンが皿に盛られて湯気を上げていた。
茹で野菜だけなんてずいぶん質素だと思うだろう?
だけど、レンブロ王国ではこれが普通なのだ。
むしろ朝食が食べられるだけ兵士はましなのである。
だが、今朝の俺は贅沢な気分だった。
「これだけじゃ足りないな。う~ん……シャウを茹でるか!」
「シャウとはなんでありますか?」
俺はメーリアににっこりとほほ笑む。
「ソーセージのことだよ」
「なっ!」
隊員たちの間に激震が走った。
あのディカッサでさえ動揺している。
「よ、よろしいのでしょうか。祭日でもないのにそのようなご馳走を食べて……」
「放っておけば賞味期限を過ぎてしまうんだ。食べたっていいだろう」
俺は鍋に水を張り火にかけた。
シャウを販売している会社の公式によれば、お湯が沸騰したら弱火にして三分茹でるのがいちばん美味しい食べ方とのことだ。
ホームページにあったとおり、沸騰した鍋にシャウを投入し時計で時間を計る。
よ~し、うまみ成分と脂肪がとけあって皮がつっぱってきたぞ。
取り出すのなら今だ!
ざるに開けたシャウを俺はそれぞれの皿に四本ずつ配った。
隊員たちは一言も発せず、湯気を上げるシャウを見つめている。
「さあ、熱いうちに食べてくれ。やけどには気をつけてな」
パシュッ!
テーブルのあちらこちらでシャウのはじける音がした。
俺にはそれが天使の吹くラッパのように聞こえてしまう。
「どうだ、メーリア。美味しいだろう? えぇっ!?」
隣に座っていたメーリアを見たら泣いていた。
オートレイは自分のシャウを守るように手でお皿をガードしているし、リンリはすでに三本目を口に入れている。
アインやディカッサも一心不乱に食べているぞ。
「気に入ってもらえたようだな……」
俺も自分のシャウを口に入れた。
噛めば飛び出る至福の肉汁。
ああ、これだよ、これ!
うまいなあ……。
日本に帰ることができさえすれば、今後も贅沢な朝ごはんを望めるのだが、果たしてどうなることやら。
「みんな食べながら聞いてくれ。本日の予定だが、俺は砦周辺の地理を確認してくる。そうだな……ディカッサが案内してくれ。他の者は砦の修復だ。指揮はメーリアに任せる」
シャウを頬張りながらディカッサが手を挙げた。
「隊長、大切なことを忘れていませんか? 異世界転移です」
「うん……、今日も協力してくれるのか?」
「我々は全員隊長に協力をすることに決めました。キスの順番もくじびきで決定しております」
隊長の俺に忖度している部分もあるだろうが、そう言ってもらえるのはありがたかった。
「ありがとう。君たちが協力してくれるのなら頼みたい。俺に下心はないから安心してくれ」
「あら、あっても私はぜんぜんかまわないですよぉ」
アインがピンクの毛をくるくると指でいじりながら媚びを売ってきたが、俺は見ないふりをした。
「とにかく、まずは砦周辺の地形を確認してくる。異世界転移を試すのは午後にしよう」
ディカッサが眉をひそめた。
「優先順位がおかしくありませんか? 我々にとっては異世界転移の方が重要なはずです」
「おいおい、兵役を疎かにするわけにはいかないだろう? それに論理的な君にしては重要なことを忘れているぞ」
「なんでしょうか?」
「昨日、俺とメーリアが転移したのは午後だ。時間が関係しているかもしれないと言ったのはディカッサじゃないか」
俺の言葉にディカッサも納得し、それぞれが役目についた。
ちなみに、どうして案内役にディカッサを選んだかといえば、単なる消去法だ。
メーリアには現場の指揮を執ってもらわないとならないし、もし魔物が攻めてきたときに頼りになるのはリンリだけだろう。(鈍器で武装した二足歩行の魔物は除く)
案内役はオートレイでもよかったのだが彼女は会話が苦手だし、なにかと色目をつかってくるアインと二人きりになるのは避けたかったのだ。
そして午後になり、小隊は俺とメーリアが転移した場所に集まった。
「それでは実験を開始しようと思うが、誰が付き合ってくれるんだ?」
「わ、わ、わ、わ、私が志願いたしますっ!」
前に出てきたのは意外にもオートレイだった。
「君が? わかっていると思うが実験のためには俺とキスをする必要がある。それでもいいのか?」
「い、嫌ではありません! た、隊長なら優しそうだし誠実そうだし、私のファーストキスを捧げても問題ないかと。メーリアさんもディカッサさんも隊長にファーストキスを捧げているわけだし、私もそれに続けば分隊の親睦も深まるかと考える次第でありますっ!」
オートレイは早口でまくし立てた。
というか、メーリアとディカッサが絶句しているぞ。
きっとファーストキスのくだりは俺に聞かれたくなかったのだろう。
俺は二人にたいして頭を下げた。
「すまないことをした」
「いいのです!」
「異世界転移のためです。まったく気にしていませんわ……」
そう言ってもらえると罪悪感も少しだけ薄れる。
だが、本当にこれでいいのだろうか?
「やっぱりやめにしないか? ファーストキスって大切な人とした方がいいと思うのだが……」
そう言うとオートレイは泣き出してしまった。
「やっぱり、隊長は私なんかとキスしたくないのですねっ! わかります、わかっています! 当然ですよ、こんな陰キャ、誰だって相手にしたくはありません。ええ、重々承知しております」
「いや、そういうことじゃないんだ。オートレイには好きな人とかいないのか? 本来はそういう人とするべきだろう?」
「み、みなまで言わなくて結構です。私、弁えていますから。どうぞ、他の方とキスしてください!」
この様子を見てアインがため息をつく。
「あ~あ、女の子を泣かせちゃった」
メーリアも俺を非難する。
「隊長、これはかわいそうですよ」
リンリは平常運転だ。
「精神的ダメージも悪くないですね。ハア……ハア……」
おいおい、泣きたいのは俺の方じゃないか?
だが、この状況をなんとかしなくてはならないな。
「オートレイ!」
「は、はいっ!?」
俺は間髪入れずオートレイのくちびるを奪った。
もうね、ごちゃごちゃと言い訳せず、こうした方が早いと思っちゃったんだよね。
するとどうだろう、不思議な浮遊感を感じたのち、俺とオートレイは世界の壁を超えていた。
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