第12話 隊員たちから見た隊長


 第184番砦の兵士たちは、むさぼるように香取が作ったシチューを食べた。

 誰にとってもこれほどうまい食事は初めてだったのである。


「まだお代わりはあるからしっかり食べるんだぞ」


 香取の言葉に隊員たちは目を輝かせ、鍋が空っぽになるまでせっせとスプーンを動かすのであった。


「よし、今夜はこれで解散する。後片付けをしたら休んでいいからな」

「はっ! 隊長、ごちそうさまでした!」


 隊長代理のメーリアに続き隊員全員がごちそうだまでしたを唱和すると、香取樹は満足した様子で隊長室に引き上げていった。


 香取の足音が完全に消えるとアインが不敵な笑みを漏らした。


「悪くない男ね。あれならありだわ」

「ありってどういうことですか?」


 さっぱりわからないという様子でオートレイが質問する。


「彼氏にしてあげてもいいってことよ」

「隊長を彼氏にですか?」

「これだけ美味しいご飯を作れるのよ。それに顔だって悪くないわ」


 日本人としては平均並みの香取も、レンブロ王国のグローブナ地方ではまあまあのイケメンになるのだ。

 だが、アインと仲の悪いメーリアが文句を言う。


「そういうの、よくないと思うわ」

「でた、真面目ちゃん。もしかして嫉妬しているの?」

「なんで私があなたに嫉妬しないといけないのよ? そもそも隊長はアインなんて眼中にないじゃない」

「今はね。だけど男なんて単純よ。恋愛マスターの私にかかればチョロいもんよ。ちょっと気持ちよくしてあげれば……ねっ」

「気持ちよくって、なにをするのでしょう?」


 無邪気に質問するオートレイにアインは呆れて見せる。


「アンタは本当になんにも知らないのね」

「はぁ、恐縮です」

「いいわ、後で私が特別にレクチャーしてあげる」


 意外なことだが、アインとオートレイの仲は良い。

 人間、どこで馬が合うかはわからないものである。

 だが、二人のやり取りを聞いて生真面目なメーリアが激高した。


「なにが恋愛マスターよ。砦の風紀を乱すことは許さないわ!」

「偉そうに言わないでくれる?」

「言っておくけど、私はあなたより階級が上なんですからね、アイン二等兵」

「私はもと兵長よ!」

「いまは二等兵じゃない、この似非治癒師!」


 いまにも喧嘩が勃発しそうだったが、それを止めたのは攻撃魔法兵にしてサイコパスのディカッサだった。


「うるさいからやめてくれないかしら?」


 アインの攻撃の矛先はメーリアからディカッサに移った。


「へぇ、攻撃魔法兵さんは隊長に興味がないの?」

「べつに。私たちはここに隔離されて長い時間が経っているわ。ずっと男に会っていないから隊長がよく見えるだけじゃない?」

「ご高説ありがとう。でも、ディカッサがどう思おうと関係ないわ。隊長は私がいただくから」


 ディカッサは小さなため息をついた。


「それはいいんだけど、あのことについては独り占めしてほしくはないわね」

「あのことって?」

「とぼけないで、異世界転移とそれによって得られる能力よ」


 その言葉に全員が息を飲んだ。

 ディカッサはメーリアに向き直る、


「ねえ、教えてくれない? あなたたちはどうやって異世界へ転移したの?」

「そ、それは……」


 言い淀むメーリアをアインも責め立てた。


「ちょっと、能力を独り占めする気? ずるくない?」

「そ、そんなつもりはないわ」

「だったらどうやって行ったか言いなさいよ」


 メーリアは縋るような目で仲良しのリンリを見たが、リンリも彼女の味方はしてくれなかった。


「私も異世界へ行って役に立つ能力を身に着けたいです。隊長のために……」


 それを聞いて驚いたのはアインだ。


「ちょっと、アンタも隊長を狙っているの?」

「私はもうイかされています。私はすでに隊長の女といっても過言ではありません」

「なんですって!?」


 冷静なディカッサが二人の会話を止めた。


「そういう話なら他所でやってちょうだい。いまは異世界転移よ」


 自分以外の隊員がうなずいたのでアインも仕方なく話を戻した。


「で、メーリアはどうやって異世界に転移したの? 言いたくない理由でもあるのかしら? もしかして隊長に無理やり連れていかれたとか?」

「そんなことない。隊長はとてもいい人よ! 今回だって身銭を切ってみんなの食料を買ってくれたの。しかも私たちの心配をして、二年も会っていないご両親の顔を見るのも断念したんだから!」


 抗議するメーリアをディカッサが落ち着かせた。


「隊長がいい人だっていうのは私たちもわかっているわ。だから安心して異世界へ連れていってほしいと頼めるのよ。ねえ、あなたは不公平を許さないタイプよね? そのあなたが自分だけ得をするというのはどうなのかしら?」


 アインがそれに続く。


「まさにダブスタ!」


 普段はオドオドしているオートレイも抗議に加わった。


「わ、私も異世界へ行ってみたいです……」

「お願い、どうやって異世界へ行ったのか私たちに教えて」


 さらに、いちばん仲の良いリンリにまで促されてメーリアも陥落した。


「あのね、偶然だけどキスをしてしまったの……」


 リンリは驚いてたずねる。


「キスって、隊長と!?」

「うん。そしたら不思議な感覚がして、気がついたら隊長が生まれ育ったという世界に転移していたんだ」


 メーリアの告白に一同は沈黙した。

 そして思い思いに思案を巡らせる。

 最初に沈黙を破ったのはディカッサだった。


「そんな簡単なことで異世界に行けるなんて意外だったわ」


 アインも同じ気持ちのようだ。


「ふん、隊長とキスをして異世界に行けるですって? 願ったり叶ったりじゃない」


 リンリはもう少し複雑である。


「キスかぁ……。どうせならボディーブロウの方がよかったなぁ」


 オートレイは相変わらず挙動不審だ。


「キ、キ、キ、キスだなんて、やっぱり無理ですね。わ、私みたいな陰キャにキスをしたがる人なんていませんよ……」


 ディカッサが立ち上がった。


「ここで四の五の言っても仕方がないわね。隊長のところへ行きましょう」


 メーリアが驚いて引き留める。


「行ってどうするの?」

「もちろん異世界へ連れていってもらうのよ。私がキスをしてね」

「こんな時間に押しかけたら迷惑じゃない?」

「隊長はご両親に会いたいんでしょう? だったらもう一度異世界へ帰りたいと願っているはずよ。あの人、真面目そうだからキスしてほしいって言い出せないんじゃないかしら?」


 ディカッサの考えをメーリアは否定できなかった。


「わかったわ、隊長のところへ行ってみましょう」


 こうして五人の女の子たちは香取の部屋へ向かうのだった。

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