第11話 オートレイと面談


 隊長室のドアがノックされた。

 きっとオートレイが面談に来たのだろう。

 これで面談も最後である。


「入ってきてくれ」


 そう答えたのだが扉は開かない。

 なにをやっているんだ?

 声量は充分だから聞こえたとは思うのだがな……。


「入ってきてくれっ!」


 もう少し強めに言うとようやく扉が開いて、頭を低くしたオートレイ二等兵が現れた。


「どうした? 遠慮しないでこっちに来るんだ」

「は、は、はいぃ……」


 オートレイは邪神に捧げられた生贄のようにオドオドと近づいてくる。

 とって喰いやしないのに、ずいぶんと怖がられたものである。


「そこに座ってくれ。そんなに緊張しないでいい」

「はい……」


 消え入るような声で返事をして、オートレイはおずおずと腰かけた。

 小柄だが体格はいい。

 表情は暗いが、亜麻色の髪をおさげにしているところは可憐であった。


「君はたしか魔法工兵だったな」

「そ、そうであります」


 魔法工兵は魔法だけではなく肉体労働も多いので、しっかりとした体つきをしているのだろう。

 これは第一印象だが、人づきあいが苦手なタイプのようだ。


「魔法工兵というからには魔法が使えると思うのだが、どんな魔法を使える?」


 アインは治癒魔法が使えない治癒師だったけど、まさかオートレイもそうではあるまい。


「つ、つ、土魔法です。自分は土魔法が大好きであります! 特に穴を掘るのが好きです。竪穴も横穴も好きであります。塹壕、トンネル、穴には夢があると思います! あ、でも、穴を掘るスピードはぜんぜん遅くて、前に所属していた舞台でも役立たずだと叱られてばかりでした。下手の横好きというやつですかね? でも、グズなりに穴掘りが好きなんです」


 オートレイは早口でまくし立てた。

 自分の得意分野では饒舌になるようだ。


「うん、君が土魔法を好きだということはよく伝わったよ」

「あ、はい……、どうも……」


 言いたいことを言ってしまったようで、オートレイは再び口をつぐんでしまった。


「少し質問するぞ。まず、どうして軍に入ったんだ?」

「あ、えと、お父さんです。お父さんは鍛冶屋なのですが怖い人なんです」

「ふむ……」


 話が見えないが、しばらく好きにしゃべってもらおう。

 そうすればわかると思う。


「私は小さなころから他人としゃべることが……、特に男の人と話すことが苦手でした。年頃になっても見合いとかは無理で、かといってこんな性格なので雇ってくれるお店もなくて……」

「それで軍人になった?」

「いえ、自分の意思じゃないんです。家でグズグズしていたらついにお父さんが怒りだして、入隊させられました。あ、でも、これでよかったと思っています」


 オートレイは指で頬をポリポリとかいている。


「それはどうして?」

「じ、自分も多少は人としゃべれるようになりましたから」


 俺は書類をめくった。


「もう一つ聞かせてほしいのだが、君は前にいた部隊で命令違反をおこしているね。これは本当のことかい?」

「…………」


 オートレイはくちびるを噛んで俯いている。

 証拠不十分ということで不起訴になったようだが、軍法会議まで開かれているのだ。


「先ほどから見ている限り、君に反抗的な態度はまったくない。そんな君が命令違反をするとは考えにくいんだ。なにか理由があったのかい?」

「それがその……私が逃げたのは事実ですが、私は敵から逃げたんじゃありません」

「じゃあ、なにから逃げたんだい?」

「上官であります」


 なんだか混乱してきたぞ。


「どういうことだ?」

「私がグズでノロマな役立たずであることは事実です。それである晩、このままでは不名誉除隊になると上官に言われました。もしそれが嫌なら自分に抱かれろと言われたのであります」

「ちょっと待て、それはセクハラじゃないか!」


 たしかに軍ではよくある話だが、被害に遭う兵士を目の当たりにするのは初めてである……。


「話したくなければこれ以上の追求はしないが……」

「いえ、聞いてください」

「そうか、では話してくれ」


 オートレイはうなずいて再び話し出した。


「服を脱げと命令されたので私は上着を脱ぎました。そうしたら上官は嬉しそうに自分も服を脱ぎだしたのです」

「だが、君は逃げ出したんだな?」

「はい、土魔法を使ってその場に深さ3メートルの穴を掘りました。そして、そこへ飛び込んだのです。あんなに素早く穴を掘ったのは後にも先にも初めてのことでした」


 そう説明するオートレイはちょっと誇らしげでもあった。

 魔法がうまく使えてうれしかったのだろう。


「それでどうなった?」

「上官は出て来いと叫びましたが、私は朝まで穴から出ませんでした。それで次の日にはこの砦へ左遷が決まりました。どうやら抱かれても抱かれなくても左遷は決定していたようです」


 そういう事情があったのか。

 よく見るとオートレイは肉感的で魅惑的なプロポーションをしている。

 それでその上官も邪なたくらみを企てたのだろう。


「ちなみにその上官の名前は?」

「ボロッソ・ヒープ大佐です」

「ヒープ大佐だとぉっ!」

「ご存じなのですか?」


 なんだか運命のいたずらを感じるなあ。


「俺がここへ来たのは、そのヒープ大佐の息子をぶん殴ったからなんだ」

「ええっ!? あの、詳しく教えていただきますか?」


 俺は連隊の闘技大会であったことをオートレイに話して聞かせた。


「――というわけで俺はここに飛ばされたのさ」

「そうだったのですね。でもなんかうれしいです」

「なんで?」

「だって、隊長が私の仇を取ってくれたみたいですから」

「俺がぶん殴ったのは大佐じゃないさ」

「それでもです」


 オートレイは嬉しそうに涙ぐんだ。


「隊長、私は満足に穴も掘れない魔法工兵です。でも、砦の修繕などは一生懸命やります。だから私をここに置いてください」


 この砦は傷んだ箇所が多い。

 修繕が追い付いているとはお世辞にも言えない。

 だが、オートレイなりに一生懸命やっているようだ。

 それはすでに確認している。


「ここへ来たときに修繕箇所を見た。丁寧な仕事だったぞ」

「あ、あ、ありがとうございます。し、仕事は好きなので、はい……」

「だったら、しっかり頼む」

「しょ、しょ、承知いたすぃますたぁ……」


 急に言葉遣いが変になったな。


「どうした? 挙動不審だぞ」

「ほ、ほ、褒められることなんて滅多にないので興奮してしまって……」


 実力はないのだが、真面目な兵士ではある。

 とりあえず様子を見るとしよう。

 これで全員と面談したわけだが、予想以上に疲れてしまったよ。


「日が暮れてきたな。そろそろ夕飯にしよう」


 シチューの煮込みは終わっているので後はルーを溶かすだけである。

 俺はオートレイを伴って隊長室を後にした。

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