第10話 アインと面談


 扉がノックされてアインが入ってきた。


「アイン二等兵、お呼びにより参上しました」


 入り口のところでアインは踵をそろえて敬礼すると少しだけ小首をかしげた。

 その姿はかわいらしいのだが、どうにも作っている感が拭えない。

 こんなことを言っては悪いのだが、そこはかとなく痛々しさがにじみ出てしまっているのだ。

 いかん、いかん。

 上官が偏見を持って部下と接するのはよくないな。


「ご苦労」


 アインは隊の中ではいちばん小柄で、身長は150センチメートルに届かないくらいだ。

 顔立ちも非常に幼い。

 だが実年齢はディカッサの二十五歳に続く二十三歳で、隊の中では二番目に年長である。

 緩くウェーブしたピンク色の髪を背中まで伸ばしており、軍人らしさはなかった。

 とはいえ、アインは治癒師である。

 体格や髪型はさほど関係ない。


「ところで、どうして礼装なんだ?」


 先ほどまでは普通の軍服を着ていたのだが、アインは白い儀礼用の軍服に着替えてきていた。

 しかも一般的なものよりスカートの丈がかなり短い。


「上官に呼ばれたのでこの方がいいかな、と」

「そこまでする必要はない。まあいいから、入って座ってくれ」

「失礼しまぁす」


 トコトコと室内に入ってきたアインが俺の目の前で盛大に転んだ。

 なにがあったというのだ?


「きゃっ!」

「大丈夫か?」


 俺は思わず立ち上がり、慌てて視線を逸らした。

 短いスカートが完全にめくれて、パンティーとそれに包まれた小さなお尻が丸見えになってしまっていたからだ。

 白のコットンか……。


「ごめんなさぁい。私、おっちょこちょいだから……」

「いや、けがはないか?」

「平気ですぅ」

「では、こちらに来て座りたまえ」


 どうしてだろう、さっきからわざとらしさがにじみ出てしまっているのだが……。


「あの……、見られちゃいましたよねぇ?」


 あれだけ豪快にめくれてしまえば、そりゃあ見えるだろう。


「すまん」

「いえ、ドジな私がいけないんですぅ。でも、よかった。かわいいのにしておいて……」


 軍服だけでなく下着も着替えてきたのか?

 ひょっとしてわざと見せたのだろうか?

 いや、そこまであざとい人間なんていないよな……。

 俺の考えすぎだろう。


「それでは面談をはじめるが、君には特に聞いておきたいことがある」

「あ、スリーサイズならあまり期待しないでください。私、小さいので……」


 それは見れば分かったが俺はあえてアインの言葉を無視した。


「君の父上はグローブナ地方の神官だね? しかも地位の高い司教だ」

「はい、そうです……」


 父親の話題になった途端にアインの表情が曇ったぞ。

 あまり好きな話題ではないようだ。


「軍に入ったのは父上の推薦のようだが、合っているかい?」

「厳密に言うと違います。父は私を神学女学校へやりたかったのです。ですが私は父に反発しました」

「それで軍に入隊を?」

「そのとおりです」


 俺は書類をめくる。


「父上は君のことをかなり心配していたようだ。君の入隊直後に神殿経由で圧力がかかっている」

「はあ……」

「君は治癒魔法が使えないにも関わらず軍治癒師になったな」


 アインはぷぅっと頬を膨らませた。


「それはパパが悪いんです。前線の兵士は危ないから治癒師になれって。それに治癒魔法がまったく使えないわけじゃないんですよ」

「そうなのか?」


 書類によると兵長待遇で治癒師になったものの、実戦で使えないことに怒った現場の指揮官が激昂して二等兵に降格になったとある。

 そもそも軍治癒師で二等兵という階級はあり得ないのだ。

 本来なら階級は俺より上の大尉になっていなくてはおかしい。


「君の治癒魔法を見せてくれないか?」

「かまいませんが、けが人がいませんよ」

「それなら、こうしよう」


 俺はナイフを取り出して自分の腕に突きつけようとした。


「ちょっと待ったぁ!」


 これまでの態度とは打って変わって少し低めの声になったアインが俺を止める。


「どうした?」

「あ、あのですね……」


 うん、声がまた高くなっているな。


「あまり深く傷つけないでくださいね。使えないわけではないのですが得意ではないのです」

「わかった……」


 俺はうっすらと血がにじむ程度に自分の腕を傷つけた。


「これでいいだろう。さあ、治癒魔法をかけてみてくれ」

「わ、わかりました」


 アインは大きく深呼吸をした。

 どうやら精神を統一しているらしい。


「いきますよ……。痛いの、痛いの、とんでけぇ!」


 ごくわずかな魔力がアインの手のひらから放出され、俺の腕に降り注いだ。

 だが、腕の傷は治っていない。


「いかがですか?」

「いかがですかと言われてもな……。まったく変化はないのだが」

「そんなことはありません。お胸に手を当ててよく考えてみてください。痛みが多少軽減していませんか?」


 言われてみれば若干だがピリピリした感じが薄れたような気もする。


「う~ん、そうかもしれないが……」

「治療、完了ですわ」


 アインはペロリと舌を出した。


「いやいや、これでは治癒魔法とは言えないぞ」

「あ、やっぱりそう思いますかぁ?」

「悪いが、除隊か登録のし直しを勧めるぞ。これで治癒師を名乗るのは犯罪だ」

「でも、それは困るんですぅ」


 アイネは眉を八の字にしながら俺の手を両手で握った。


「どうして困ることがある? 実家に戻ればいいじゃないか」

「もしも実家に戻されたら今度こそ神学女学校へ入れられてしまいますよぉ」

「だったら一般兵として採用し直すか?」

「う~ん、そこでご相談です」


 アイネは握った手に力を込めた。


「隊長、私を異世界へ連れて行っていただけませんか? あのへっぽこメーリアでさえ矢を飛ばせるようになったのです。きっと私の治癒魔法だって今よりマシになるはずですよ」


 その可能性はある。

 そもそも治癒魔法を使えるものは非常に少ない。

 アインの魔法はあまりに稚拙だが、才能を伸ばせるのなら伸ばしてやりたいという気もする。


「もしも連れていっていただけるのならなんだってしますから!」


 俺はゆっくりとアイネの手をどかした。


「それの答えは保留だ。再び異世界へ行けるかも、まだわからないからな」

「そうですかぁ……」


 しょんぼりとうつむいてしまったアイネだったが、再び顔を上げたときは明るい表情をしていた。


「あの、治癒魔法は苦手ですが私は衛生兵としての訓練も受けています。包帯を巻いたり、薬を塗ったりは得意なんです。とりあえずその辺で手を打っていただけないでしょうか?」


 確かに辺境の砦に治癒師が配属されること自体があり得ないことなのだ。

 階級は二等兵だし、とりあえずはそれでいいことにしよう。


「それでは、最後にオートレイ二等兵を呼んでくれ」

「承知しましたぁ」


 アインはウィンクを残して去っていった。


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