第5話 チート?


 目を開けると俺たちは砦にいて、互いに気まずい思いをしながら体を離した。


「協力に感謝する」

「こ、こちらこそ。ご案内いたします。どうぞこちらへ」


 メーリアの案内で砦に入ると、広間のようなところで四人の兵士が倒れていた。

 全員が女性で、俺が入ってきてもうつろな瞳でこちらを見ているだけである。

 まともな反応さえできなくなっているのだろう。


「隊長として赴任してきたイツキ・カトリ少尉だ。食料を持ってきたぞ。みんな元気を出せ」


 まずは全員にゼリー飲料を飲ませた。

 はじめはしゃべることすらできなかった隊員たちだったが、カロリーを摂取して徐々に力が戻ったようだ。

 四本目のゼリー飲料を飲み終わるころには涙と笑顔が顔に浮かんでいた。


「胃に負担をかけないように今はこれだけだ。だけどすぐに腹いっぱい食わせてやるぞ。俺が料理をするからみんなは休んでいてくれ」

「お手伝いします」


 かなり回復していたメーリアがそう言ってくれたが俺は断った。

 いきなり美味しいものを食べさせて驚かせたかったのだ。

 前述したとおり、この世界の食文化は貧しく、まともな食事をするのは上流階級だけである。

 庶民の食べるものは本当に味気ないものばかりで食事の喜びは少ない。

 きっと俺の作る料理でも喜んでくれるだろう。


 俺だって料理が上手なわけじゃないけど、クリームシチューくらいなら作れるのだ。

 材料もスーパーマーケットで買ってきてある。



 キッチンに案内してもらい俺は料理を作り始めた。

 肉と野菜の下処理をして、鍋で煮込んでいくだけなので難しくはない。


 火を弱くしてグツグツと煮える鍋を俺は満足した心地で眺めた。

 これは美味しくなる予感がする。

 なんといっても故郷の味だ。

 生きてもう一度日本へ帰れるとは思わなかったなあ。

 だが、一度だけでは困るのだ。

 無事を伝える手紙は残せたが、きちんと会って両親を安心させたい。

 それに、できることなら日本に帰りたかった。


 メーリアとキスをすればまた日本へ帰れるのだろうか?

 そうであればかなりうれしい。

 次は親にも会えるだろう。

 ただ、そのためにはメーリアにもう一度キスを頼まないといけないんだよな。

 それはかなり恥ずかしいぞ。

 しかも上官がそんなことを頼んだらセクハラになってしまうじゃないか。

 俺からはとても言えない。

 どうすればいいのだろう……。


 キッチンの椅子に座って考え込んでいると外が騒がしくなっていた。

 なにかあったのだろうか?

 ひょっとして隊員の容体が急変したのか?

 まずは鍋を火からおろし、俺は声の聞こえる方へ走った。



 騒ぎは中庭からだった。

 四人の隊員たちがメーリアを囲んではしゃいでいる。

 具合の悪そうな兵士はいないからよかったけど、一体どうしたというのだろう?


「なんの騒ぎだ?」


 俺が問いただすと、全員が直立不動になった。


「申し訳ありません!」

「いや、責めているんじゃない。なにがあったのか知りたいだけだ」


 身長が150センチメートルもなさそうな小柄な女の子が一歩前に出た。

 彼女はたしかアイン二等兵だったな。

 見た目は完全に少女だが、この中では二番目に年上だ。


「チートであります」

「チート? いったいなにを言っているんだ?」

「メーリア上等兵がおかしいのであります」


 メーリアがおかしい?

 俺は茫然としているメーリアをみた。

 メーリアは弓を所持しており、どうやら訓練の最中だったようだ。

 さっきまで飢え死にしかけていたのに真面目なことである。


「なにがあった、メーリア?」

「いえ、べつにおかしなことは……」


 そう言いかけたメーリアをアインが遮った。


「絶対におかしいわよ! あんたの矢がまともに飛んだんだから!」

「矢が飛ぶのがおかしいのか?」

「はい!」


 アインは自信満々に断言している。


「メーリアは弓兵ですが、まともに矢を射ることができません。普段なら飛んでも7メートルがいいところです」

「な、7メートルぅ?」


 弓兵で7メートルはどう考えてもおかしいだろう。


「よく人のことが言えるわね。アインだってまともな治癒魔法を使えないのに治癒師を名乗っているじゃない」

「うるさいわねっ!」


 勃発した喧嘩を俺は仲裁した。


「言い合いはやめろ。それよりもメーリア、君の弓の腕を見せてくれ」

「わ、わかりました……」


 すっかり忘れていたが、ここの兵士は各部隊のお荷物たちだ。

 真面目なメーリアにしてもそれは例外ではない。

 だが、7メートルしか矢を飛ばせない弓兵なんてはじめて見るぞ。


「それではやってみます……」


 メーリアは的の前に立ち弓を引き絞った。

 構えは悪くなく、一般的な弓兵のように見える。

 隊員たちが見守る中、メーリアはつがえた矢を放った。

 的までの距離はおよそ30メートル。

 どうなる?


 カッ!


 矢は大きく的を外し、後ろの石壁に当たってしまった。


「おーっ!」


 ん? 的に当たらなかったのに兵士たちは歓声を上げているぞ。

 メーリアもやってやった感を出しているのだが、なんなのだ?


「隊長、見ていただけたでしょうか?」

「うむ……」

「矢があんなに飛びました!」


 頬を上気させて喜んでいるところを見ると、メーリアにとってあれは大成功の部類に入るようだ。

 わかってはいたのだが、ここまでひどいとは思わなかったぞ。

 夕飯の前に少し隊員たちと話しておいた方がいいな。


「全員思った以上に元気になっているな。だったら急ですまないが、これより隊長室で個人面談を行う。まずはメーリア上等兵からだ。ついてきてくれ」


 ため息をつかないように気をつけながら俺は隊長室へ向かった。


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