第4話 メーリアと買い物
都会の人には信じられないことのようだが、田舎だと成人一人につき一台の自家用車を持つことがけっこう普通だったりする。
やはり両親は仕事中なのだろう。
母さんの赤い軽も、義父さんの白いSUVもない。
異世界へ転移する前、俺は入社二年目の社会人だった。
とうぜんいい車など買えるはずもなく、乗っていたのはじいちゃんが残してくれた軽トラである。
その軽トラは今でも現役で駐車場にとまっていた。
しかもその奥にはシートを被ったバイクも残されているではないか。
「おお! 俺のバイク!」
駐車場の隅に置かれた愛車はYAMADAセロンCR250L。
オフロード仕様の中型バイクである。
天気のいい日はこれで通勤していたんだよね。
懐かしいなあ。
「隊長、急ぎましょう」
おっと、時間がないのだったな。
一刻も早く食料を手に入れて、俺たちは砦に帰らなければならないのだ。
「よし、これに乗ってくれ」
俺は軽トラの助手席のドアを開けた。
「これに? 馬がついていないようですが……」
メーリアは箱馬車かなにかと勘違いしているようだ。
「馬は必要ない。早く乗ってくれ」
俺も運転席に乗り込みキーを差し込む。
セルが動き出しエンジンがうなりをあげた。
キャリー、君は今日も快調だね!
「なんですか、この音は!?」
「これは自走する乗り物なんだ。俺を信じておとなしくしてくれ」
「う、動いたぁ!」
二年ぶりの運転だったが問題はなかった。
こういうことって体が覚えているもんだな。
「ど、どこへ向かうのですか?」
怯えながらメーリアが質問してくる。
「食材を扱う店だ」
とりあえず近所のスーパーマーケットでいいだろう。
はじめは大騒ぎしていたメーリアだったが車が動き出してしばらくすると無口になってしまった。
今は食い入るように街の風景を眺めている。
「コンビニに寄っていくぞ」
「コンビニ……」
流れ込んでくる情報量が多すぎて混乱しているのだろう。
コンビニがなんであるか質問もしてこない。
店に入ると俺はカードで現金を引き出した。
口座が使えるかどうか確認したかったのだ。
ありがたいことにカードは問題なく使えた。
そして、うれしい誤算もあった。
それは預金残高だ。
たしか100万円程度だと思ったのだが140万円以上あった。
俺の記憶違いだろうか?
クレジットカードも滞りなく使え、俺たちはゼリー飲料を四つ買って軽トラに戻った。
「まずはこれを飲むんだ。体力が回復するからな」
「まさかライフポーションですか!?」
「まあ、そんなようなものだ」
「申し訳ございません、そんな高価なものを……」
異世界だとライフポーションは非常に値段が高く、一般兵が口にすることはできない。
飲めるのは位が上の将官くらいである。
「安心しろ。これはそんなにいいものじゃないが、エネルギーの補給にはなる」
蓋を開けて渡してやるとメーリアはゴクゴクとのどを鳴らしてゼリー飲料を飲んだ。
「美味しい……」
一気に飲み干してメーリアはため息をつく。
レンブロ王国の食文化は非常に低く、地方の庶民は貧しい食事をしている。
だから、こんなものでも最高のご馳走に感じるのだろう。
「まだあるから遠慮しないで飲んでくれ。帰ったら君には仲間の介抱を手伝ってもらわなければならないからな」
「遠慮なくいただきます!」
食べ物を腹に入れて元気になったメーリアは残りのゼリー飲料もすべて平らげていた。
スーパーでもメーリアは興奮していた。
入ってすぐの青果コーナーでも大騒ぎだ。
「ここはこの地域の集積地でしょうか? こんなにいろんな種類の食材を見たのは初めてです」
「この町ではいちばんの品ぞろえではあるな。食べたいものがあれば買ってやるぞ」
「そんな、滅相もない!」
「遠慮しなくてもいい。就任のあいさつ代わりだ」
気になったものは買い物かごに入れていいといったのだが、メーリアはなにも欲しがらなかった。
慎み深いのだろう。
その分、俺は大量の食材を買い込んだ。
ひょっとしたらもう日本へ戻ってくることはないかもしれない。
そう考えると、品物を選ぶ手が止まらない。
米、調味料、漬物、カレー、ラーメン、おでん、お菓子、缶詰など、日持ちのしそうなものを片っ端からカゴに放り込んでいく。
「お、ウイスキーがあるじゃないか!」
俺はウイスキーが大好きなのだ。
友人や同期には渋すぎると笑われるけど、あの味わいがなんともいえないんだよね。
日本にいたころはバーなどでいろいろと試したものである。
レンブロ王国にもウイスキーはあるのだけど、現代の地球ほど美味しい酒じゃない。
いい機会だから高いやつを何本か仕入れておこう。
トータルで五万円ほどの買い物をして、俺たちは自宅まで戻ってきた。
まず確認したのはスマートフォンの充電だ。
すでに38パーセントになっていたが、契約が切れているようで使うことはできなかった。
おふくろにすぐ連絡するのは無理か。
そもそも、この時間は仕事中だから電話に出られないかもしれない。
せめてメモを残しておこう。
「隊長、なにをしていらっしゃるんですか?」
「親に手紙を書いているんだ。俺は突然いなくなったから心配していると思う。もう二年も経つからな」
「そんなに……」
書き終わったメモをキッチンのテーブルの上に置いた。
「よし、行こう」
「よろしいのですか? ご両親に会っていかなくて」
「俺は隊長だ。部下を見捨ててここに留まるという選択はない」
「隊長……」
俺たちは食料が満載された段ボールを手に持った。
背中にはリュックサックも背負っている。
「そ、それじゃあ……いいかな?」
「あ、はい……。心の準備はできています。やってください……」
メーリアが俺の方を向いてギュッと目をつぶった。
照れている場合じゃない。
さっさとキスして砦に戻るとしよう。
くちびるとくちびるを重ねて、俺たちは再び世界の壁を飛び越えた。
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