第6話 メーリアと面談
隊長室は砦の最上階にあった。
寒々しい石造りの二間で手前が執務室、奥が寝室になっている。
俺は後からついてきたメーリアに椅子を勧めて質問した。
「アイン二等兵はチートだと言っていたが、実際のところ自分ではどう思う?」
「わ、わかりません。ただ、異世界から戻ってきたら不思議な力を体内に感じました。それで弓矢を使ったんです」
「そうしたら普段以上の力が出せたんだな?」
「はい……」
チートというには大袈裟だが、おそらく異世界転移が関係しているのだろう。
「普段は7メートルも矢が飛ばないという話だが、それは事実か?」
「はい……」
真面目そうなメーリアをしてこれなのだ。
この隊のダメっぷりが想像できてしまうな。
だが、彼女にも長所はあるだろう。
「質問を変えよう。君の得意なことはなんだい?」
「読み書き計算と掃除です。実家は商売をしていましたので」
「それは頼もしいな。だが、どうして軍に入った?」
家が商売をしている者は比較的裕福だ。
そういう家庭は、同業同士で婚姻関係を結ぶことが多い。
「魔物の侵攻で両親を殺されました。だから義勇軍に入ったんです」
戦闘が得意ではないのに入隊したのはそういう事情か。
メーリアは悔しそうにくちびるを噛んでいる。
「君はこれまで隊長代理としてよくやってくれたな。こう言っては何だが、俺は書類作成と掃除が苦手だ。今後も副長として支えてくれるとありがたい」
そう頼むとメーリアは満面の笑顔になった。
「お任せください。精一杯努めます」
「よろしく頼むよ。そうそう、もうひとつ聞きたいのだが……」
「なんでしょうか?」
「弓が苦手なのにどうして弓兵になった? というか、採用したのはどこのどいつだ?」
あれを見て弓兵に登録した上官も犯罪者だぞ。
「義勇軍にいたときは石を投げていたんです」
矢というのは作るのに金がかかるので、投石を遠距離攻撃のメインに据える民兵部隊は多いのだ。
また、まともに戦闘訓練を受けていない兵士が手にする武器として、石というのはうってつけでもある。
「その隊が正規軍に吸収合併されたとき、そのままの流れで弓兵登録されてしまいました」
「つまり戦中の混乱の中で適当に登録されてしまったんだな」
メーリアはしょんぼりとうなずいた。
「どうする、向いていないようなら今からでも登録を一般歩兵にすることもできるぞ。給料は少々下がってしまうがな」
メーリアは決意を持った目で俺を真っ直ぐに見つめた。
「できれば、弓兵のままにしていただけないでしょうか? お金のためじゃありません。そうではなくて……なんとなく得るものがあったのです」
「チートか?」
そう呼ぶにはささやかすぎるが……。
「悔しいですが、アインの言ったとおりでしょう。異世界に行ったことで私は不思議な力を身に着けました。いまはまだ的に当てることさえできませんが、修練を積めば必ずお役に立てると思うのです。私、一生懸命練習します!」
メーリアの熱意は伝わってきた。
「まあいいだろう。それに君は剣や槍も使えないのだろう?」
「まったく使えません」
予想どおりの答えが返ってきたか。
「では弓の鍛錬をしっかりやってくれ。『練習が名人を作る』ということわざもあるからな」
「練習が名人を作る……。いい言葉ですね! 気に入りました」
「異世界にあるドイツという国のことわざだ」
「隊長、ありがとうございます。私、名人になれるくらい練習したいと思います!」
晴れやかな顔をしているメーリアはまぶしかった。
そういえば、俺はこの子と二回もキスをしたんだよな……。
思い出したら顔が熱くなってきたぞ。
「次はディカッサ二等兵を呼んできてくれ」
そう頼んでメーリアに退出を促す。
弓の名人になる、か……。
さっきまで7メートルしか矢を飛ばせなかった兵士が語るには大きすぎる夢だが、それも悪くない。
夢なんてでっかくなければつまらないからな。
彼女が出ていくと自然に笑みがこぼれてしまった。
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