第11話 はじめの一歩
ポーションというのは、基本的な錬金魔法具である。
基本的といってもその種類は多岐に渡る。
ポーションと言えば一般的には傷薬のことを示す。そこから派生して、解熱のポーション、解毒のポーション、活力のポーションなどなど、その用途によって配合を変えて様々な種類のポーションが作られている。
「解熱のポーションか……」
『初歩の初歩だな。解熱のポーションを作れんぐらいでは、錬金術師としては絶望的だ』
「私でも作れますでしょうか」
『錬金術は、素材の持つ魔素を混ぜ合わせて作るものだ。お前の魔力量は関係がない。集中力と知識さえあれば魔力持ちなら誰でも作ることができる』
師匠に励まされて、マユラは「よし」と気合を入れる。
食事を終えて立ち上がると「ごちそうさまでした」と、食堂の女主人に話しかけた。
「美味しかったです、ありがとうございました」
「そりゃよかった」
「お母さん、マユラお姉さんは今日引っ越してきたばかりなんだって」
「そうかい。それはお疲れ様だね。南地区は港町だからね、皆さっぱりした性格をしているが、乱暴者も多い。気をつけるんだよ」
「ありがとうございます」
ニーナが支払いの対応をしてくれる。片手に師匠を抱いたマユラは、千ベルク支払った。
これだけ食べて千ベルクなら、自分で作るよりも安いぐらいである。
「あの、ニーナちゃん、それから」
「あたしはエナだ。よろしく」
「エナさん。……実を言えば私、丘の上にあるお屋敷で錬金術店を開こうと思っていまして」
「丘の上っていうと、あの呪いの館かい?」
「お姉さん、あそこはお化けがでるのよ!」
お化けは出たのだ。今、マユラの腕の中で大人しくしている。
マユラは曖昧に笑うと「一応、魔導士なので、神聖魔法でお祓いをしました。だから大丈夫だと思います」と言って、誤魔化した。
「そうかい、ならいいけれど。何かあったら逃げておいでよ」
「ご親切に、ありがとうございます。エナさん、先程話をしているのを聞いてしまったのですが、エナさんの旦那様、熱を出して寝込んでいるとか」
「あぁ、そうなんだ。何かの病気なんだろうけれど、熱がさがらなくてね」
「もしよければ、解熱のポーションを作りましょうか? まだ駆け出し錬金術師ですので、うまくできるかはわかりませんが」
駆け出しどころか、まだ一歩も踏み出していない。
けれど師匠もいる。それにマユラは落ちこぼれだが、一応はレイクフィア家の優秀な血が流れている。
きっと大丈夫。
解熱のポーションすら作れないなら、錬金術師になどなれない。
それに、目の前で困っている人がいて、自分が手助けをできるなら、手を差し伸べたいと思うのだ。
「お姉さん、錬金術師なの!?」
「駆け出しですが……」
「そりゃ、ありがたい。本当かい? 助かるよ! 解熱のポーションが欲しくてフォルカ・グラッセの店まで行ってみたんだけど、予約をしていないと錬金魔法具が売れないんだってさ。他の錬金術師たちは皆、貴族のお抱えになっちまって、今はもう薬草ぐらいしか買えない」
「そうみたいですね。王都は、そのような状況なのですね」
「あぁ。だから、あんたが錬金術店を開いてくれるんなら、皆助かる。だけど、無理はしないでね。期待しないで待ってる」
エナは快活に笑って「またおいで」と言ってくれた。
店の客の男性たちも興味深々にマユラたちのやりとりを聞いて「化け物屋敷の錬金術師の嬢ちゃん」「頑張れよ」と励ましてくれる。
ニーナはマユラの服を軽く掴んで、潤んだ瞳をマユラに向けた。
「お姉さんが、お父さんを助けてくれたら、嬉しい。流行の熱病で、死んじゃう人もいるんだって。お父さんも、熱がさがらなかったらもしかしたら」
「……ニーナちゃん。私に任せてください。明日には届けられるように頑張りますね」
「ありがとう!」
それは無責任な口約束だったのかもしれない。
でも、できる。きっとできる。
そう自分に言い聞かせて、マユラ明るく、力強く微笑んで、ニーナの手を優しく握った。
食事を終えたマユラは、急いで帰路についた。
こうなれば、休んでいる暇はない。
「師匠、解熱のポーションの作り方を教えてください」
『そこに、私が書いた錬金術系統覚書書があるだろう。基本のポーションの材料から素材を入れる順番まで載っている。見てみるがいい』
研究室の机に師匠を置いて、マユラは言われるままに昼間掃除して棚に並べていた本の中から、分厚い黒い表紙の本を取り出した。
現在、紙といえばパルプ紙が主流だが、その本は羊皮紙が使われている。
パルプ紙が使われ出したのは今から百年程前のことなので、少なくともアルゼイラが生きた時代は百年以上前ということになる。
テーブルに置いた本のページを慎重にめくる。
最初のページには『この本は、アルゼイラ・グルクリムが己の知識を忘れないために記した記録書である』と書かれていた。
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