第12話 解熱のポーションの素材について
◆解熱のポーション◆
・ルブルランの葉
・生命の雫
・シダールラムの氷結袋
・黄金キノコ
『より純度の高い素材を使用することで、ポーションの品質はあがる。品質とは効能のこと。つまり、解熱のために二本必要か、半量でいいのかという、純粋に量の話である』
「なるほど……」
『品質のよいポーションを作れば、素材に対して出来上がる品が多くなる』
とても几帳面な文字で、アルゼイラはそう書き残してある。
各地で採れる素材の覚書の地図までついているが、ぺらぺらとページをめくっていくと、途中から文字がぼやけて読めなくなってしまっていた。
「師匠、途中から文字が読めないんですが」
『あぁ、それは、読む者のランクに合わせて読めるページを制限しているのだ。お前のような落ちこぼれがまかり間違ってこの書を読んで、いきなり高水準の錬金魔法具を作らないようにするためにな。それはとても危険な行為だ』
「たしかに、錬金術をしている最中に爆発がおきて、錬金術師が命を落としたという話も聞いたことがあります」
『己の身の丈に合った錬成を行わないからだな。錬金術は素材の力を引き出す行為だ。その者の魔力よりも更に広大な魔力を扱わなくてはならん。場合によっては国を滅ぼすこともある』
「き、気を付けますね」
でも、いつか。
立派な錬金術師になることができたら、アルゼイラの残した知識の全てを見ることができるのだろうか。
「ルブルランの葉も、生命の雫も、黄金キノコも、王都から近い極彩色の森で採取ができますね。極彩色の森というのは、確か、極楽鳥の生息地だからそういう名前がついたのだとか。それはそれは美しい羽の鳥だと聞いたことがあります」
『行ったことは?』
「ないです。……自慢じゃないですが、私、あんまり外に出たことがないのですよね。実家ではひたすら家の中で働いていましたし、嫁ぎ先でも仕事仕事の毎日で」
『お前は奴隷か何かか』
「そうではないのですけれど。ただ……弱かったんだと思います。それだけです。できれば……強くなりたいです」
明日は極彩色の森に行こう。
シダールラムは羊に似た魔物だ。そこまで強くはないので、マユラでも討伐できるはずだ。
シダールラムからは氷結袋という素材が取れる。これら素材は皆、魔素という不思議な力を帯びている。
この魔素を錬金釜で溶け合わせて新しい道具に変えるのが、錬金術である。
古の錬金術師が石を金に変えたように。
マユラはテーブルの上で腕を組んで立っている師匠を抱きあげた。
「さぁ、寝ますよ、師匠。明日は早いです。極彩色の森までは距離がありますから、朝早く出かけないと」
『何故抱きあげる?』
「だって、寝ますから」
『どうして連れていく?』
「師匠はぬいぐるみなので、運んでさしあげたほうがいいかと思いまして」
マユラは師匠を連れてソファにまでやってくると、ランプの明りを消してぽすっと横になった。
師匠の柔らかさが心地いい。腕の中に柔らかいものがあるだけで、妙に安心する。
「おやすみなさい、師匠」
『まったく。子供か、お前は』
マユラの腕の中で、師匠はそう言ってから黙り込んだ。
特に嫌がっている様子も、怒っている様子もない。
今日のところは、他にベッドもないので一緒でいいだろう。
そのうち師匠の用の小さなベッドを用意してあげなくてはいけないわね──と思いながら、マユラは目を閉じた。
◆
そんなこともできないのか──と、父の冷たい目が私を見据えている。
幼いマユラはそれだけで、うまく言葉が話せなくなってしまう。
声は喉の奥にこびりつき、頭の中で鐘が鳴るように響く言葉の数々は、唇を見えない手で抑えつけられたように音にはならない。
ごめんなさい。
頑張ります。
ごめんなさい。
だから、私を見て。
褒めて。お父様。お願いです。褒めて。
私は、お父様のこともお母様のことも──大好き、なのに。
結局、何一つ伝えられなかった。
言葉の代わりに涙がこぼれて、父はさらに呆れたように失望したように「誇り高いレイクフィアの娘が、何もできずにただ泣くとは」と、吐き捨てるように言った。
「マユラ様は何もできないらしい」
「炎もろくに出せないのだとか」
「レイクフィア家に生まれて、四大エレメント魔法がまともに使えないなんて」
「魔力持ちというだけまだマシなのかしら。でも、何もできないんじゃ魔力なしと同じね」
家の中のどこにいても、使用人たちの陰口が聞こえてくる。
この国には魔力持ちと、魔力なし、二種類の人間がいる。
魔力持ちは貴重だ。魔物と戦えるほどの魔力を持つレイクフィア家の者たちは、その中でも特別である。
魔力なしの者たちは、錬金魔法具を使用して、疑似魔法を使うことができる。
けれどそれは、強い魔力を持つ魔導士たちのような威力のある魔法は使えない。
マユラはレイクフィアの娘として期待されて生まれてきた。
けれど──魔力持ちとはいえ、両親の期待には一つも答えられなかった。
愛されないことは苦しい。
家族の一員として扱われないことも苦しい。
使用人として働くことは苦ではない。だって役目があれば救われる。
ただ、期待に応えられないことが、自分の存在が両親をがっかりさせてしまうことが、一番悲しかった。
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