第4話 廃墟の主
鉄柵で囲まれた家の広い庭には雑草が生い茂り、鉄柵には蔓性の植物がぐるぐると巻き付いている。
ハート型にも似た大きな葉を持つ蔓植物は、二階建ての古めかしい屋敷の石壁にもその勢力を広げていた。
頑丈な石壁は塗装が剥がれている。元々は白壁の美しい家だったのだろう。今は潮風にさらされて、剥げた塗装の合間から灰色の地肌を晒していた。
屋根は剥がれ落ちてこそいないが、補修が必要なぐらいには摩耗している。
「借り手がいないものですから、管理もおざなりになってしまい。街からも離れていますし。ここなら、大変お安くお貸しできますよ」
「持ち主さんはいらっしゃるのですか?」
「いえ。こちらは長年放置されていた場所で、貸し家斡旋所が買い取って管理しているものです。見ての通り、管理は杜撰ですけれどね。なんせ、刃傷沙汰がありましたから」
屋敷の前まで行くと、小高い丘からは海が見える。
坂を降りていけば港に辿り着く。坂道はさほど急ではなく、道幅も広い。馬車は通ることができないが、馬なら通れるぐらいの道である。
「借り手がいなくなるぐらいに、恐ろしいことが起こったのですね?」
「聞きたいですか?」
「はい、一応お聞きしたいです」
「わかりました。……あれは四年前のことです」
四年前といえば、マユラが結婚した時期である。
フィロウズの話では、ここには若い夫婦が住み始めたのだという。
「仲がよさそうに見えたのですけどね。夫が浮気をして妻が邪魔になり、自殺に見せかけて殺してしまった。その後浮気相手を連れ込んで住み始めた夫と、その浮気相手を、殺された妻が呪殺したのです」
「つまり、その妻は呪殺魔法の使い手だったのですね。殺されてもなお相手を呪い殺すとは、最上級者ではないでしょうか」
魔法にはいくつかの系統がある。
レイクフィア家の優秀な兄妹たちは、それぞれ四大エレメントと呼ばれている、炎、雷、風、氷を操るのが得意である。
これは最も偉大で最も難しい魔法と呼ばれている。
破壊力がすごく威力も出しやすいのだが、高位の魔法を操るためには生まれつき高大な魔力をその身に宿さなくてはいけない。
完全に、生まれつきの才能に左右されるものだ。
マユラにも魔力があるが、四大エレメントを操ることは素人レベルにしかできない。
どんなに練習しても、炎は薪に火をつける程度だし、氷も飲み水を冷やす程度。風は微風で涼しく、雷はマッサージにちょうどいい。
そんな体たらくだったために、大変両親をがっかりさせた。
対して呪殺魔法。こちらはもっと複雑なものだ。
レイクフィア家の者たちは四大エレメント魔法以外の魔法を、魔法と認めていない。
特に陰湿な呪殺魔法のことは嫌っていた。
これは贄を捧げて呪力とし、呪法という呪いを発動させるものである。
命を狩るものである場合もあれば、相手を何年もかけてじわじわ弱らせて死に至らしめる場合もある。
「ごく普通の女性に見えたそうですよ。その時の担当は僕ではなかったので、聞いた話ですけどね。担当者は辞めてしまいました。どうにも恐ろしくなって、逃げたようなのです。その時からこの家は、死を呼ぶ呪いの館と呼ばれていますね」
「他に何人も人が亡くなったんですか?」
「いえ。聞いた話では、その三人だけです。ただ、夫と浮気相手の遺体は埋葬したものの、妻の遺体はどこを探しても見つからなかったとか」
「なるほど。それで、その奥様の恨みつらみが今も屋敷に根付いていると思われているのですね。それが、いわく」
フィロウズは屋敷の鍵を取り出すと、マユラに渡した。
「ここを借りたいとおっしゃるのなら、お貸ししますよ。解体するのにも金がかかるし、誰も近づきたがらない。ですので、住んでくれたらこちらとしても助かります。賃貸料は月々二万ベルクでいかがでしょうか」
「そんなに安くていいのですか!?」
マユラは鍵を受け取った。勢い余ってフィロウズの手をぎゅっと掴んだ。
フィロウズは困ったように笑ったあと、「かまいません」と頷いた。
二階建てで庭もついていて、港に近い。坂を降りれば市場もある。
賑やかな南地区ルートヴィアの中心地にとても近い場所で、海も見える。
それは破格の値段である。
少しぐらい廃墟でも、呪いの館だとしても、その安さは魅力的だ。
「借ります!」
マユラは呪いの館の主人になることにした。
案外怖がりなフィロウズは、屋敷の中には入らずに鍵だけ渡すと「では、契約書にサインを」と言って、ファイルに挟んである紙を差し出した。
万年筆を渡されたので、マユラはそこに自分の名前を書いた。
アルティナも、レイクフィアも書けなかったので、ただのマユラ、とだけ。
フィロウズはサインを確認すると「何かあれば僕に連絡をしていただいてかまいません。命を大事に」と言って、坂をくだっていく。
マユラはいい人だなぁと思いながら、その背中を見送った。
「引越し一日目で家が見つかるなんて。しかも安い。よかった」
当面の間は、雨風が凌げればそれでいい。
まずは雑草をどうにかして、屋根の補修と、それから。
などと考えながら、マユラは門から玄関まで続く小道の雑草をかき分け、踏みしめながら進み、屋敷の扉を開いた。
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