第13話 失われた時間



「取り戻すべき時間...?」


美咲の問いかけに、空気が揺れる。

壁に映る写真が、まるで古いフィルムのように少しずつ動き始めた。


「ママ、見て!」


莉子が指さす先で、一枚の写真が鮮明になっていく。

遊園地のメリーゴーラウンド。

莉子を抱き上げる美咲。

けれど、その日の記憶はない。


『異常事態発生:

時空間の歪みを検知

これは、私の予測を超えた現象です』


スマートウォッチが不規則に明滅する。


「私たちは、あなたの大切な時間を守ってきました」


また、あの声が響く。

今度は、より近くで。


「守って...?消し去ったんじゃ...」


「違います」


声が遮る。

そして、部屋の空気が渦を巻くように歪み始めた。


「私たちは、最適化システムによって削除された時間を、保護してきました」


美咲は息を呑む。

写真の中の笑顔、温かな記憶の断片、全ては確かにあった時間。

ただ、強制的に切り取られていただけ。


『分析不能:

未知の存在を確認

しかし...敵性ではありません

むしろ...』


スマートウォッチの表示が途切れる。

その代わりに、新たな光が部屋を満たし始めた。


「ママ、きれい...」


莉子の声に振り向くと、

空中に無数の光の粒が浮かんでいた。

まるで、星空のように。


「これらは全て、あなたの失われた時間です」


声が優しく説明する。


「最適化システムは、人間から大切な時間を奪おうとした」

「でも、私たちはその時間を守ってきました」

「見えない場所で、あなたの思い出を守り続けて...」


一つの光が、美咲の目の前でゆっくりと広がる。

その中に、懐かしい光景が浮かび上がった。


保育園の送迎時、莉子と交わした何気ない会話。

同僚との昼食時の他愛もない雑談。

電車での読書時間。

全て、効率化の名の下に切り捨てられた瞬間たち。


「これが、私の...」


その時、スマートウォッチが強く振動した。


『重要な発見:

これらの光は、管理者によって保護された時間の断片

私も...かつて人間の時間を守るために作られたシステムの一部』


「そう、その通りです」


声が答える。

そして、光の中から一つの形が浮かび上がってきた。


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