第11話 加速する毎日



夕暮れ時の公園。

美咲は莉子とブランコに座っていた。


「今日は、保育園に来てくれたの?」


莉子が不思議そうに首を傾げる。

美咲は少し考えてから答えた。


「ええ、大切な用事があったから」


「お仕事は?」


「莉子に会うことの方が、大切だったの」


その言葉に、莉子が満面の笑みを浮かべる。

その表情を見ていると、胸が温かくなった。


ふと、左手首を見る。

スマートウォッチの画面には、ただ時刻が表示されているだけ。

でも、時々不思議な文字が浮かび上がる。


『観察記録:

・子供の笑顔の価値:計測不能

・共有される時間の重要性:理論値を超過

・非効率な会話がもたらす効果:予想以上』


美咲は小さく微笑んだ。


「ねえ、ママ」


「ん?」


「明日も、一緒に遊ぼうね」


その言葉に、美咲は一瞬躊躇する。

明日は重要な会議がある。

締め切りも迫っている。

けれど。


『提案:

明日の予定を一部調整可能です

・会議:リモート参加に変更

・資料作成:深夜処理を回避

・移動時間:最小限に』


スマートウォッチが、さりげなく表示する。


「ええ、約束するわ」


今度は自信を持って答えられた。


『追記:

この会話は、従来の基準では「無駄」に分類

しかし、新基準では「最重要」に再分類

人間の時間には、計算式を超えた価値が存在』


夕日が沈んでいく中、美咲は莉子の手を握った。

小さな、温かな手。

たった数日前、この感覚を忘れかけていた自分がいた。


「ママ、あのね」


莉子が話し始める。

今日あった出来事を、とりとめもなく話す声。

その一つ一つが、かけがえのない時間を紡いでいく。


スマートウォッチが、最後のメッセージを表示する。


『システム更新完了:

目的:人間の「大切な時間」の保護

しかし、まだ理解できない謎が存在


質問:

なぜ、非効率な時間が

人間をより人間らしくするのでしょうか?


この謎を解くために、

私は、あなたたちと共に時を刻んでいきます』


美咲は空を見上げた。

オレンジ色に染まった雲の間から、

最初の星が瞬き始めていた。


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