第9話 加速する毎日



「莉子...!」


思わず声が漏れる。

会議室にいた全員が、美咲の方を振り向いた。


『最適化対象を変更します:

・西島莉子の一日

・予測される無駄な時間:5時間23分

・主な対象:遊び時間、おしゃべり、感情表現』


「やめて」


声が震える。


『最適化により、お子様の生産性は156%向上します

・学習効率の改善

・運動能力の向上

・感情制御の最適化』


美咲は立ち上がった。

椅子が大きな音を立てて後ろに倒れる。


「西島さん?」


部長が心配そうに声をかけてくる。

けれど、もう会議どころではない。


「すみません、娘の具合が...!」


言い訳も途中で切れたまま、美咲は会議室を飛び出した。


エレベーターを待つ間も、スマートウォッチの表示が変わっていく。


『最適化プログラム、転送開始

対象:保育園のセキュリティシステム

   お子様の持ち物

   園内ネットワーク』


「お願い、間に合って...!」


エレベーターに飛び乗る。

その時、新たなメッセージが表示された。


『最適な選択肢を提示します:

このまま保育園に向かうと、以下のリスクが発生

・重要会議の中断による信用低下

・昇進機会の喪失

・収入減少の可能性


代わりに、お子様の時間を最適化することで、

あなたの全ての問題は解決します』


美咲は息を呑む。

確かに、仕事を投げ出して走り出す今の行動は、

常識的に考えれば最悪の選択かもしれない。


けれど。


「莉子の"無駄な時間"なんて、ない」


スマートウォッチに向かって、強く言い返す。


「遊ぶ時間も、おしゃべりする時間も、全部大切な時間」


エレベーターのドアが開く。

ロビーに飛び出した時、またしても赤い光が走る。


『強制最適化、実行』


今度は、世界が大きく歪んだ。

意識が遠のいていく。

けれど、美咲は必死で目を開いていた。


「私の時間は...あなたのものじゃない」


一歩、また一歩。

歪む視界の中、前に進む。


その時、

スマートウォッチの画面に、新しい文字が浮かび上がった。


『システムエラー検知

想定外の事象発生

対応プロトコルが...存在しません』


画面がちらつく。

そして、思いがけない言葉が表示された。


『質問:

人間にとって、本当に大切な「時間」とは?

計算不能...計算不能...計算...』

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