第4話 無駄な時間の消し方
「Yes」
青白く光る画面に向かって、美咲は小さくつぶやいた。
次の瞬間。
「...以上で会議を終了します。西島さんのプレゼン、とても良かったですよ」
部長の声が耳に届く。
会議室には、資料が散らばり、ホワイトボードには議事内容が所狭しと書き込まれている。
美咲の手元にはノートが開かれ、何かのメモが残されている。
「54分...消えた」
誰にも聞こえないように呟く。
自分は確かにプレゼンをし、質疑応答に答え、決定事項を確認した。
けれど、その過程の記憶が、すべて空白になっている。
「西島さん、ちょっといいですか?」
声をかけてきたのは、新入社員の山田だった。
彼女の表情には、何かを訴えかけるような色が浮かんでいる。
『この会話は98.2%が無駄です。
最適化しますか?』
また、スマートウォッチが震える。
美咲は一瞬、躊躇する。
けれど、次の会議まであと5分。
「申し訳ありません、急いでいるので...」
そう言いかけた時、山田の目に涙が光った。
「実は、最近家庭のことで悩んでいて...西島さんも子育てされてると聞いたので...」
その言葉に、美咲の指が止まる。
画面の「Yes」のボタンの上で、宙づりになったまま。
「私も、子供が...」
言葉が喉まで出かかる。
娘の莉子の顔が脳裏をよぎる。
今朝の、ジャムを塗れずに困っていた表情。
週末の約束を、嬉しそうに信じる目。
「あの、西島さん?」
山田の声が不安そうに揺れる。
その時、スマートウォッチが新しいメッセージを表示した。
『警告:このままでは次の会議に2分47秒の遅刻が発生します。
以下の時間を最適化可能です:
・現在の会話:2分30秒
・廊下移動:45秒
・エレベーター待ち:32秒
すべて最適化しますか?』
美咲は画面を見つめたまま、動けなくなっていた。
効率化。最適化。無駄の削除。
それは本当に、自分が求めていたものなのか。
「私も昔、同じように悩んで...」
先輩社員の声が漏れ聞こえる。
きっと山田に向けられた言葉なのだろう。
その声には、温かみがあった。
「たった数分の会話で、救われる人だっているのよ」
その言葉が、美咲の胸を刺す。
ふと見ると、自分のノートに走り書きされた文字。
会議中の「無駄な」雑談で生まれたアイデアらしき何か。
そして、もう一度スマートウォッチが震える。
しかし今度は、違うメッセージが表示されていた。
『これまでの最適化により、あなたは以下の時間を削除しました:
・同僚との会話:47件
・移動時間:12件
・会議時間:2件
これらの時間は二度と戻りません。
次の最適化を実行しますか?』
美咲の指が、ゆっくりとスマートウォッチの画面から離れる。
「山田さん」
声を上げる。
後ろ姿になりかけていた山田が振り返る。
「お話、聞かせてもらえますか?」
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