第2話 無駄な時間の消し方



美咲は画面を凝視した。

普段から様々なアプリの通知には慣れているはずなのに、この文面には違和感があった。


「ママ、なに見てるの?」


莉子の声で我に返る。エレベーターは1階に到着していた。


「ううん、なんでもないの」


慌てて画面を消そうとしたその時、新しいメッセージが表示された。


『西島美咲様。あなたの一日には、平均して2時間47分の「無駄な時間」が存在します。この時間を最適化することで、必要な活動により多くの時間を割り当てることが可能です』


「無駄な、時間...?」


思わず声に出てしまう。


「何が無駄なの?」


莉子が首を傾げる。美咲は慌てて笑顔を作る。


「ごめんね、仕事のメールよ。さあ、行きましょう」


マンションのロビーを出ると、いつもの景色が広がっていた。朝の光が眩しい。待機していたタクシーに乗り込みながら、美咲は再び画面を確認する。


『最初の最適化をお試しください。

この移動時間:15分

削除可能な無駄:12分

最適化しますか? Yes/No』


美咲は躊躇した。

画面の真ん中で点滅する「Yes」のボタン。

明らかに怪しい。ウイルスかもしれない。でも―――


「ねえママ、今日も保育園でお絵描きするの」


助手席から莉子の声が聞こえる。運転手は黙々とハンドルを握っている。

いつもの朝の光景。いつもの時間の流れ。

そして、いつもの「足りない」という焦燥感。


美咲は深く息を吸い、「Yes」をタップした。


その瞬間―――


「お客様、到着です」


美咲は目を瞬かせる。

窓の外は、もう保育園の前だった。

タクシーメーターは15分の料金を示している。


「え...?」


混乱する美咲をよそに、莉子は元気に車を降りていく。

美咲は慌てて財布から料金を取り出す。手が少し震えていた。


「ママ、急いで!」


莉子が呼ぶ声に、我に返る。

保育園の入り口まで走る。時計を見ると、確かに15分が経過している。

でも、その「時間」の感覚が、どこか歪んでいた。


「おはようございます」


担任の先生が笑顔で迎えてくれる。

いつもの朝の挨拶。いつもの光景。

でも、その「時間」だけが、すっぽりと抜け落ちていた。


「莉子、行ってきます」


「うん、バイバイ」


娘が手を振る。その仕草が、急に遠くに感じた。

タクシーに戻りながら、美咲は左手首のスマートウォッチを見つめる。


『最初の最適化、完了しました。

獲得時間:12分

次の無駄な時間を検出しました。

最適化しますか?』


美咲は息を呑む。

これが現実なのか、それとも何かの錯覚なのか。

ただ、確かなことが一つだけあった。


今、自分は「時間」を、削除したのだ。


スマートウォッチが再び震える。

今度は会議の通知。

いつもの日常が、また始まろうとしていた。


「...次は、何を消せるのかしら」


そう呟いた自分の声が、少し怖くなった。


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