『TIME REWRITE』 ─AIによる究極の時間管理革命─
ソコニ
第1話 無駄な時間の消し方
スマートウォッチが震える。
「あと、10分。10分。10分」
アラームの音声が耳に刺さる。西島美咲は目を閉じたまま、左手を上げて音声を止めようとした。けれど、スマートウォッチはしつこく震え続ける。
「...わかってるってば」
むくりと起き上がると、すでに朝日が部屋の隅まで差し込んでいた。時刻は午前7時20分。保育園の送り時間まであと40分。その間に朝食の準備、娘の着替え、自分の身支度、資料のチェック―――今日も時間との戦いが始まる。
「莉子、起きる時間よ」
6歳の娘の部屋のドアをノックする。返事はない。美咲はため息をつきながらドアを開ける。
「莉子?」
「...ママ、5分だけ」
布団の中から小さな声が漏れる。美咲は一瞬、笑みを浮かべかけた。自分が子供の頃、母に起こされた時と同じセリフを言っている。でもそんな思い出に浸っている暇はない。
「ダメ。今日はママ、大事な会議があるの」
布団をめくると、莉子が目を擦りながら起き上がる。長い黒髪が寝ぐせで乱れている。
「じゃ、今日も帰り遅いの?」
その問いに、美咲は答えられなかった。代わりに、
「さあ、顔を洗いに行くわよ」
と、娘の背中を優しく押した。
キッチンでは時計の秒針が容赦なく進む。トースターから食パンが飛び出す音と同時に、スマートウォッチが再び震えた。
「会議資料、最終確認のリマインダーです」
AIアシスタントの声が響く。美咲は慌てて食パンをプレートに移し、スマートフォンを取り出す。画面には未読メールが15件。その横でタスク管理アプリが赤く点滅している。締め切り間近のタスクが3つ。すべて「緊急」のフラグが立っている。
「ママ、ジャムつけて」
「あ、ごめんね。自分でできるでしょ?」
返事をしながら、美咲は画面に集中していた。部長から送られてきた会議資料には、まだコメントを入れなければならない箇所が残っている。
「でも、いつもママがつけてくれるの」
莉子の声が少し震えていた。
美咲は画面から目を上げる。娘は不器用な手つきでジャムの蓋を開けようとしていた。一瞬、手を伸ばしかける。でも、
「自分でできることは自分でやらないと。そうでしょ?」
そう言って、再び画面に目を落とした。
カチャン、という小さな音。ジャムの蓋が開いた音だろう。良かった、と安堵しながら、美咲は資料にコメントを入れ続ける。でも、なぜか胸の奥が締め付けられるような感覚があった。
出発時刻5分前。やっと資料のチェックを終えた美咲は、慌ただしく身支度を始める。
「莉子、顔を洗った? 歯は磨いた?」
リビングに戻ると、娘は静かにテレビを見ていた。その横の食パンは、ほとんど手つかずのまま。ジャムも、テーブルの上に不器用に塗られていた跡が残っている。
「ごめんね」
思わずその言葉が漏れる。でも、もう謝っている時間もない。
「急いで。遅刻しちゃうわよ」
バタバタと準備を済ませ、マンションを出る頃には、予定より3分遅れていた。エレベーターを待つ間、美咲は無意識に左手首のスマートウォッチを見つめていた。画面には次々と通知が流れる。
「午前のスケジュール:9時から部内会議、10時半からプロジェクトMTG、12時から...」
「今日も忙しそう」
莉子の呟きに、美咲はハッとする。
「...ごめんね」
また謝罪の言葉が零れる。娘の手を握りしめる。小さな、温かな手。
「でもね、週末は一緒に遊べるから」
「約束する?」
「...約束よ」
その言葉を口にしながら、美咲は画面に映る週末のスケジュールから目を逸らした。土曜日は緊急の資料作成。日曜日は来週の準備。
エレベーターに乗り込みながら、美咲は考える。
この「時間に追われる生活」は、いつまで続くのだろう。
もっと効率的に、もっと賢く時間を使う方法があるはずなのに。
そんな思いを抱えたまま、エレベーターのドアが閉まろうとした時。
美咲のスマートウォッチが、これまでとは違う音を立てて震えた。
画面には見覚えのないメッセージが点滅している。
『あなたの「無駄な時間」を削除しますか? Yes/No』
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