第21話


 取引も無事終わり、商人と別れたあと。


 エリザベスは市場に戻るでもなく、狭い路地裏で考え事に没頭しているようだった。


「あの倉庫にあれば話は早かったんだけど……ここは乗り込むしかないか……」


「はぁ?」


 首をかしげるしかないウィリアムであるが、無理にエリザベスから聞き出そうとはしない。まだまだ短い付き合いだが、彼女がなにやら超常的な理屈で動いていることは理解しているためだ。


「よし、それじゃあ次の――」


 顔を上げたエリザベス。

 そんな彼女の背後が、光に包まれる。彼女の足元付近が急に光り始めたのだ。


 その光とは――魔法陣だ。


「っ!? 攻撃魔法か!?」


 ギデオンが魔法陣とエリザベスの間に即座に割り込み、背中でエリザベスを押すようにして距離を取らせる。


「まてギデオン! あれは転移の魔法陣だ! ――誰か来るぞ!」


 ウィリアムが自分の背中にエリザベスを隠し、いつでも攻撃魔法を起動できるよう呼吸で体内に魔素を集める。


 突如として現れた魔法陣。

 光は徐々に弱くなっていき、光と共に魔法陣が消滅したとき、そこにいたのは――一人の少年と、一人の少女だった。


 少年は浅黒い肌と奴隷のような麻の服がまず目を引くが、よく見れば整った顔つきをしている。


 そして、もう一人の少女。……いや、本当に少女かどうかは疑わしい。なぜなら彼女の顔には麻袋が被せられて・・・・・・・・いて、顔を確認することができなかったためだ。

 華奢な体つきや肩幅からして少女に見えるが、痩せ細った少年という可能性もある。子供なので一目見て性別を判断するのは難しい。


 そんな少女(?)は手首と足首、そして首に鉄製の枷をさせられていた。


「貴様ら、何者だ!?」


 ギデオンの問いかけに、少年は恐怖からか少女(?)の肩を抱きつつ、震える声で懇願してきた。


「――た、助けてください!」





「うん、じゃあ助けようか」


 ウィリアムの背中から『ぴょこっ』っと顔を出したエリザベスが、夕飯を何にするか決めたかのような気軽さで決断する。


「お、お待ちください殿下――お嬢様! 暗殺者の可能性があります!」


「そうです! こちらを油断させる罠かも!」


「……真面目なのは結構だけどね、もう少し肩の力を抜いたらどうだい?」


「お嬢様は存分に肩の力をお抜きください!」


「その分こちらが警戒しますので!」


「いや、そういうことじゃないんだけどね……。すまないね少年と少女・・。私はこれ以上近づけないようだから、まずは自己紹介をしてくれないかな?」


 エリザベスの言葉を受け、少年が戸惑いの表情を浮かべる。余裕がなくて誰彼構わず助けを求めたが、求めた相手が予想以上に高位の人間らしかったからだ。『お嬢様』という呼ばれ方からして、裕福な商人の娘か、あるいは貴族か……。


 悪くはない予想を立てる少年を、ウィリアムもじっと観察する。


 助けてくださいということは誘拐か、それに類する犯罪か。そう考えれば奴隷のような麻の服を着ていることや、少女の頭に麻袋が被されて、両手首に鉄枷が嵌められていることが『奴隷取引』というものを連想させた。


(……なるほど)


 ウィリアムはさらに納得を深める。薄汚い麻の服やボサボサに伸びた髪、浅黒い肌によって分かりにくいが、落ち着いて観察してみれば少年の方は容姿端麗だ。大人になり、身なりを整えればさぞかし女性たちの歓声を集めることだろう。――奴隷としては売れやすい・・・・・商品だ。


 エリザベスに促され、少年が自己紹介と事情説明を始めた。


「僕はクリフだ――です。村で狩人見習いをやっていた――やっていました」


「あぁ、緊急事態だからね。無理して敬語を使う必要はないよ」


 エリザベスの言葉に頷いた少年・クリフが続ける。


「妹と一緒に村で過ごしていたんだけど、ある日謎の男たちに誘拐されてしまって……」


「ほぉ、誘拐。じゃあ誘拐犯から転移魔法で逃げてきたといったところか」


 エリザベスは『転移魔法』と何でもないことのように言うが、妙な話だとウィリアムは思う。エリザベス本人は簡単に使ってしまうので自覚がなさそうだが、転移魔法とは魔導師団に所属できるレベルの魔術師が、大規模な術式を起動させてやっと実行できる大魔術なのだ。


 本来であれば一人で使えるような気軽な魔術ではないし、もし個人で転移魔法を扱おうとするならば――それこそエリザベス並みの・・・・・・・・総魔力がなければ不可能だ。


 ついでに言えば転移先の座標指定などの専門知識も必要となるのだが……今回は『とにかくどこかへ逃げる』を目的としていただろうし、そこは考慮から外してもいいだろう。


 とにかく、先ほどのアレは間違いなく転移の魔法陣だった。

 そして、転移魔法はそこまで簡単に実施できるわけでもない。ましてや最初疑ったように暗殺者を送り込むために使うなど、費用対効果が悪すぎる。そもそも魔法陣が現れた時点で警戒されてしまうし。


 以上のことから、『誘拐犯から逃げるために転移魔法を使った』というのはほぼ確実だろうが……そうなると今度は『あの少女(?)が転移魔法を使ったのか?』という疑問が湧いてくる。


「さて、クリフ君。察するに、隣の少女が一緒に誘拐されたという妹さんかな?」


「……はい、そうです」


「なるほど分かった。一緒に逃げてくるとは素晴らしい兄妹愛だ。……ギル、ギル。まずは少女ちゃんの麻袋を取ってあげようじゃないか。隙を見て逃げ出したのでは外す暇もなかったのだろうしね」


「ははっ!」


 ギデオンはまだ警戒していたが、誘拐話に絆されたのか先ほどよりは険の取れた表情で妹の前まで移動し、頭に被らされていた麻袋を取り払――おうとして、首をかしげた。思ったよりも『固い』というか、思い通りに外せなかったのだ。どこかに引っかかっているというか、ぴったりくっついているというか。


 その様子にエリザベスも首をかしげた。


「おや? よく見れば魔術で固定されているね? それにこの術式は、改変……? 作り替え……?」


 例の青い瞳で麻袋を『視た』らしいエリザベスが少女に近づき、麻袋に手を伸ばした。


「――開錠オープン


 ウィリアムも聞いたことのない呪文。それが唱えられた途端、ギデオンが握ったままだった麻袋がするりと脱げた。

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