第20話 倉庫へ


「……殿下。あの穀物は一体?」


 倉庫へと案内されている道中、ウィリアムは質問せずにはいられなかった。

 そんな彼に対してエリザベスは「ちっちっちっ」と人差し指を揺らす。


「ウィル。ここは町の中なのだから、『殿下』という呼称は目立ちすぎるよ。せめてエリーとかベスと呼んでくれ」


「はぁ……」


 無論、いくら本人から頼まれようとも、王女殿下をそんな愛称で呼べるはずがない。


「……では、お嬢様。あの穀物をご存じなのですか?」


「うん。たぶん私が知っているものと同じだと思うよ」


「そんなに貴重なものなのですか?」


「貴重だよ。うん、とても貴重だ。うまく増やして国民食として広げることができれば、食糧問題はだいぶ楽になるはずだ」


「そ、そこまで優秀な穀物であると?」


「優秀だよ。まずは耕作面積あたりの収穫量が小麦や大麦よりも多い。水田にすれば連作障害もないし、川から栄養も運ばれてくる。玄米のままなら長期保存することが可能だし、小麦と違ってそのまま炊いても美味しいから、わざわざ粉にしなくても食べられる。水が大量に必要なのが難点だけど、ここ・・は水も多いから大丈夫だろう。あとはこの国の人間が食文化として受け入れるかだけど……まぁ、人間飢えていれば何でも食べるんだから、その辺は問題なしか」


 そんな都合のいい穀物があるのか、という疑問は一旦置いておくウィリアム。


「……商人とのやり取りを拝聴した限り、極東の穀物なのですよね? そんな知識をどこで手に入れたのですか?」


 ウィリアムからの問いかけに、エリザベスは年相応の少女のような――イタズラっぽい笑顔を浮かべた。


「エルフの先祖返り。王家の秘密図書館。未来予知ディッケンズ……。どれでも好きな理由で納得すればいいさ」


「…………」


 つまり、それらの理由で知識を得たわけではないと。


 誤魔化されているのか、逆に正直に答えられているのか。なんとも判断に迷うウィリアムであった。





 倉庫は運河の近くにあるのだという。


「いやぁ、やはり輸送を考えると運河の近くに倉庫があった方がいいのですよ。ただ、あまり安い値段で貸し出してある倉庫は湿気が酷くてですね。昔は商品がすべてカビてしまったという出来事があったのですよ」


 エリザベスのことが気に入ったのか、あるいは優良顧客を得られて上機嫌になったのか、ずいぶんと饒舌に雑談をする商人だった。


「へぇ? こっち・・・にも湿気の問題はあるんだねぇ。湿度は低いというイメージがあったんだけど……。いや、あるいは、私の知識よりも湿度が高いという可能性もあるのかな……?」


 商人の雑談を興味深そうに聞いていたエリザベスは、何が気になったのか顎に手を当ててブツブツと呟き始めてしまった。


「こちらがうちの借りている倉庫でございます。少々埃が溜まっているかもしれませんがご容赦のほどを」


 商人が立ち止まったのは運河近くにそびえる大型倉庫の前だった。


「ほぉ」


 思わず感嘆したのはウィリアム。露天商が借りているとは思えないほど立派な建物だったのだ。規模的には大商会の常設倉庫だと言われても信じられるほど。


 正直、露店での販売程度でこれほどの倉庫は必要ないし、維持できるほどの売り上げもあるとは思えないのだが……。


(いや、ジーラングとの独自の交易路を持っているのだったか? であるならばこれほどの規模の倉庫を持っていても不思議ではないが……)


 自分を納得させるウィリアムであるが、逆にさらなる疑問も湧いてくる。そんな規模の『商会』を持っている人間がなぜ露天商などやっているのかと。


 そんなウィリアムの疑問に気づくはずもなく商人は倉庫の鍵を開け、中に入る。


 一応ウィリアムとギデオンも警戒するが、商人以外に人のいる気配はない。


「ほぉ。ずいぶんとスッキリしているんだね?」


「へぇ。少し前まではこの倉庫も一杯だったんですが、大口の出荷が終わりましてね。今は趣味でやっている露店の商品くらいしかないのですよ」


「ふ~ん、じゃあやっぱりあそこにある・・・・・・のかぁ」


 またよく分からないことを呟きながらエリザベスは倉庫の中をゆっくりと見渡し、最後に商人で視線を止めた。


「さて。一応穀物の品質を確認しておこうかな」


「へい。こちらでございます」


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