第18話 刀


「……ほぅほぅ、久しぶりに来たが、明らかに人の数が増えているね?」


 興味深そうに周囲を見渡しながら、それでも迷うことなく進み続けるエリザベス。目的の場所は決まっているのだろうか?


「ギデオン。殿下はどこに向かわれるつもりなのだ?」


「俺も聞いていない。そもそも殿下は予定を決めていない可能性もあるしな」


「ほんとうに遊びに来ているだけなのか……王女なのに……」


「普段の流れであれば市場に向かって色々と買い物をすることが多いな」


「多い……? 一体殿下は何度町に来ているのだ?」


「俺も分からん。少なくとも俺が護衛騎士になったときにはこんな感じだったな」


「にわかには信じられん状況だ」


「そのうち慣れるさ」


「もはや慣れ始めていることこそが問題のような気もするがな……」


 ウィリアムとギデオンが周囲を警戒しつつそんなやり取りをしていると、エリザベスが市場の中に入っていった。ひときわ広くなった大通りの両脇に、数々の露店が並んでいる。常設ではなさそうだから決まった日に開かれる市場だろうか?


 エリザベスはまるで目的地が最初から決まっているかのような軽い足取りで市場の中を進んでいき……とある露店の前で腰を下ろした。


 木材で粗雑に作られたテーブルの上には見慣れない品々が所狭しと並べられていた。異民族風エスニックとでも言おうか?

 置いてあるものは装飾品がメインのようだが、玄関マットのような布もあるし、歪曲した剣までも売られていた。


「ほぉ! 見ろウィリアム! これは珍しいぞ!」


 目を輝かせながらその歪曲剣を手に取るギデオン。


「おいおい。仕事を忘れるなよ?」


「もちろんだ。それにこれは仕事道具武器の選別だからな。つまりはこれも仕事のうちだ」


「また無理のある言い訳を……」


 ギデオンに呆れつつ、ウィリアムも思わずその歪曲剣に目を奪われてしまう。いいや、刀身は片刃しかないから剣ではなく『刀』と言った方がいいのだろうか?


 見た目は騎兵が使うサーベルに似ている。

 だが、刀身の長さや厚みはサーベルを超えており、頑丈そうだが重そうだ。ウィリアムは武器に詳しくないが、サーベルのように片手で振るうのは難しいのではないだろうか?


「へへ、旦那ぁ、いいものを手にしましたね。そいつぁ俺たちの祖国の剣で、『カタナ』と呼ばれるものでさぁ」


 店主が声を掛けてくるが、ギデオンは魅入られたように刀身から目を離さないのでウィリアムが対応する。


「かたな?」


「へい。サーベルより頑丈で、サーベルより切れ味がいい。その分重く、手入れも難しいですが、達人になれば鉄の鎧すら切り裂く武器でさぁ」


「鉄を? おいおい、それは少しふっかけ・・・・すぎではないか?」


「へへ、それはもちろん。簡単にはできないからこその達人技でさぁ。しかし、熟練者が手にしたその刀の切れ味は――」


「――買おう」


 と、断言したのはギデオン。


 せっかく商品が売れそうだというのに、店主は逆に試すような顔をする。


「へへ、旦那。いい目をしていると褒めたいところですが、若いもんが買えるような値段じゃないですぜ? それを買いたいなら金貨100枚は出してもらいませんと」


「き、金貨100枚!?」


 驚きの声を上げてしまったのはウィリアムだ。金貨100枚ともなれば、平均的な男爵の年収に匹敵するだろう。もちろんウィリアムやギデオンのような侯爵家であればもっと年収が上であるが、まだ家を継いだわけでもない彼らが自由に動かせる値段ではない。


 だというのに。


「さすがに手持ちがないな。後日、この刀を持ってギルバート侯爵家に来るがいい。手間賃を含めた金貨を支払おう」


「おいおい……」


 ただの剣だぞ? 剣など消耗品ではないのか? だというのに金貨100枚など……。父君や母君は承知するのか?

 他人事ながら不安になってしまうウィリアムであるが、ギデオンは本気であるらしい。「本気で買うぞ」と示すかのように真っ直ぐな瞳で店主を見つめ続ける。


 そんな彼の本気に負けたのか、店主が小さく肩をすくめた。


「……旦那。今の手持ちはいかほどで?」


「予約金か? 少し待て」


 財布を取り出し中身を確認するギデオン。


「金貨1枚と、銀貨3枚だな」


 貴族の子息としては、まぁそのくらい財布に入っていれば安心だなという金額だ。それでも庶民の一家族が数ヶ月は暮らせるだろうが。


「では、その値段でお譲りいたしましょう」


「……なに?」


「その刀は私が使っていたものでしてね。もう刀も振れないので手放そうと思っていたのですよ。そんなときに現れたのが旦那だ。これはもう『運命』というものでしょう」


 ほほぉ、と感心するウィリアム。あのまま黙っていれば金貨100枚を得られたというのに、『運命』を信じて若者にかつての愛剣を譲ろうとする。なんとも立派な人物ではないかと。


 だというのに。


「そういうわけにはいかん。俺はもう金貨100枚を支払うと口にしたのだ。それを値引きして買ったとなってはギルバート侯爵家の名に傷が付く」


 まさかの値上げ交渉をするギデオンだった。


 対する店主も頑固さを発揮する。


「いえ、これは一度金貨一枚と銀貨三枚でお譲りすると口にした商品。それ以上の金貨は受け取るわけにはいきません」


「ならん」


「できません」


 もはや睨み合っているギデオンと商人。


「……なんだこれは?」


 世にも奇妙な交渉を目の前にして、戸惑いを隠せないウィリアムであった。



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