第17話 転移魔法


「では、さっそく町に繰り出そうじゃないか」


 王女殿下がどこで「繰り出そう」などという俗な言葉を習ってくるのか疑問に思ってしまうウィリアム。彼の場合は大学に入ってから学業成績優秀な庶民と交流する中で自然と覚えたが、王女であるエリザベスにそんな機会はないはずだし……。


 いや今回のように町に遊びに行っているうちに覚えたのかとウィリアムが納得していると、エリザベスが右手でウィリアム・左手でギデオンの手を掴んだ。


 まるで兄二人と遊ぶ妹のようだな、と少し微笑ましくなるウィリアムだったが……そのあとに起こった事態は、とても笑えるようなものではなかった。


「――我が行く道に迷いなし。我が征く道に憂いなし。地平の果てに夢を見て、今ここに奇跡の御業みわざを再現せん」


 室内に風が吹き荒れる。魔法を行使するときは少量の魔力が漏れ出し、周囲に風が巻き起こることがあるものの……それはあくまで大きめの魔術を行使するときだけであり、それも自らの髪の毛を揺らす程度の微風だ。こんな、周囲の人間の髪や服を乱れさせるほどの魔力風など、それこそ魔術師数十人が集まって行使する大規模魔術式くらいしか――


「――虎よ、虎よディ・スティーナ千里を駆け、千里を帰れメインジ・ジェア


 エリザベスの言葉と共に、ぐわん、と。腹の中がすべてひっくり返されたかのような不快感が襲いかかってきた。


 この感覚は最近味わわされたばかりだ。


 王女別宮へと転移したときは何とか耐えたので、今回も……という単純なものではなかった。一度目は相応の覚悟をして転移の魔導具である扉を潜ったのだが、今回は何の心の準備もないまま魔法を起動させられたのだから。


「ぐ、ぐぅうぅうぅうう……」


 額に冷や汗が吹き出す。

 顔が蒼いのは自分でも分かった。

 しかし、それでも、貴族の意地として嘔吐だけは避けたウィリアムであった。


 ――地面の感覚がある。

 一気に呼吸が楽になる。

 あぁ、今回も無事に転移できたのかとウィリアムが安心していると……。


「……なんだ? この前よりも弱ってないか?」


 腹も神経も図太いのか平気な顔をしたギデオンが首をかしげ、


「あぁ、しかたないよ。あの魔導具は行き先が固定されていて、安定しているからね。こうして私が直接転移させるのとでは乗り心地・・・・が違うのだろう」


 エリザベスがフォローをしてくれ――いやただ単に事実を述べただけだろうか?


「ははぁ、そんなもんですか。自分はどちらもさほど変わりませんがね」


「キミは鈍――じゃなくて、日々鍛えているからね。やはり精神的にも肉体的にも頑丈なのだろう」


「ふぅむ、なるほど。やはりこいつも鍛錬させるべきですか……」


「いやいや人には役割というものがある。ギルが身体を動かす方が得意なように、ウィルは頭を働かせる方が得意なのだからね。適材適所。私に仕えるのなら得意なことをさらに伸ばすよう努力して欲しい」


「ははっ! 金言胸に刻ませていただきます!」


 なんだか少し置いて行かれた気分になりながらも、体調が回復してきたウィリアムは立ち上がり、周囲を見渡してみた。


「ここは……どこかの民家でしょうか?」


「うん。共犯者・・・が準備してくれている家でね。転移の直後は無防備になることが多いし、いきなり人が現れては周りの人を驚かせてしまうからね。こうして拠点に転移することにしているのさ」


「……ずいぶんと、こう、手慣れていますね?」


 町に来たのは一度や二度ではないな? という視線で見つめると、エリザベスはてへりと舌を出して誤魔化したのだった。


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