第15話 捜し物
微妙な心境になったウィリアムたちに気づいているのかいないのか、エリザベスがテーブルの上に地図を広げた。我が国の国土となる
「父上は近々海軍を動かすつもりみたいだね?」
エリザベスの疑問に海軍大臣が答える。
「はい。ヒスパニアの海軍を駆逐しなければ、
「しかし、ヒスパニアの海軍は強力だ。それに打ち勝つために第三次までの建艦計画を立てたのだろう? 第一次の建艦が始まったばかりの今、勝ち目はあるのかな?」
「はい。ガリアス王国海軍との合同艦隊を編成しますので。厳しい戦いとなりますが、勝ち目はあるかと」
「ふぅん……? ガリアスねぇ……?」
「しかも今回の海戦には国王陛下が御出陣なされるおつもりのようでして。陛下の
「なるほど。国王の攻撃魔法には国王の攻撃魔法で対抗するのが常道だが、ヒスパニアの国王は引きこもりだから、わざわざ海にまで出張ってこないだろうと?」
「引きこもり……。えぇ、王族の
「やれやれ、『国王が戦死』というのもそれなりに事例があるとはいえ……贅沢ばかりで内なる牙を失ったか。ああはなりたくないものだね」
「王女殿下は勇敢でありますれば」
「ふふ、10歳の少女に使っていい単語じゃないね」
そうは言いながらもどこか嬉しそうな顔をするエリザベスだった。
しかしその顔もすぐに曇ってしまう。
「ヒスパニアとの決戦かぁ……嫌な予感がするね」
「殿下の『嫌な予感』はよく当たりますからな。……しかし、
「そもそも私は大陸に領土などいらないと思っているんだよ。たしかにカレアスとコンポスアゴからの利益は莫大だが、そのために今までどれだけの血が流れてきたことか……」
「――多くの血が流れてきたからこそ、そう簡単には撤兵できないのです」
そう意見したのは陸軍大臣。まさしく大陸で多くの血を流してきた陸軍の代表だ。
「……謝罪しよう。配慮のない発言だった」
「いえ、殿下のお言葉も理にかなっておりますれば」
陸軍大臣が深々と頭を下げ、そんな彼を横目に財務大臣が話しに入ってきた。
「大陸の領土を手放すことができれば、あの地で浪費される莫大な戦費を本国の軍備増強に充てられますし、これ以上遺族年金や傷病者年金が増えることはなくなりますな」
それは王女殿下に対するフォローなのか、あるいは財務大臣としてのただの本音なのか……。たぶん後者だろうなぁとしか思えないウィリアムであった。
財務大臣のフォローであったが、エリザベスの心を晴らすまでは至らなかったようだ。
「いかんね。どうにも私には口が軽い癖がある。よく考えなくても、コンポスアゴ地方を守っているのはギデオン君の父親なのに。父君の忠誠を軽んじるような発言だったよ」
エリザベスのお言葉にギデオンが最敬礼で応える。
「いえ、父上はそのようなことを気にする人ではありませんし、我ら軍人は命令一つで大陸でも海の果てにでも派遣されるのが宿命。なぜ王女殿下のお言葉に不満を持つことがありましょうか」
「うん、そう言ってもらえると助かるけど……いや、やはりいかん。今後は気をつけよう」
厳しく自らを律するエリザベスはやはり10歳には見えなかった。
しょんぼりするエリザベスにリチャードが助け船を出す。
「ヒスパニアとの決戦が不安でしたら、国王陛下に同行されるのはいかがでしょう?」
「同行?」
「はい。買い取った船の見学をお願いすれば港まで同行することはできるでしょう。あとは現地で殿下がうまいこと『ワガママ』を言ってくだされば……」
「……う~ん、そこまでやらないといけないかな?」
「殿下がおられましたら、
あまりにもあっさりと言うものだから聞き逃しそうになったが……。
一発は国王陛下によるものだとして。もう一発は……まさか、王女殿下が?
ウィリアムはその可能性に思い至ってしまう。
エリザベスは攻撃魔法が使えないはず。なぜ、どうしてという仮説は複数提唱されているが、使えないというのは共通認識であるはずだ。
だが、リチャードはエリザベスが『使える』ことを前提にして話している。
もしも使えると仮定して。どうして隠す必要があるのだろう?
もはやこれほどまでに『女王』になることを前提に人材を集めているエリザベスだ。今さら、弟との王位継承権争いを疎んでいるわけではないだろう。
ならば、なぜ……?
ウィリアムが思考を重ねている間に議題は次に移ってしまう。
「順調な人口増加も問題になってきたそうだね?」
「人はいますが、働き口がありません。農繁期であれば農村に仕事がありますが、そうでないときは職を求めて都会に集まってきますし……そもそも農地が足りません」
リチャードの発言に財務大臣も同意する。
「急激に悪化した治安に対する維持費。足りない食料は海外から輸入しなければいけませんし、それらを購入していては富が外国にばかり流れていってしまいます。民の生存に直結しますから関税を掛けるわけにもいきませんし……」
「なるほど、重商業主義というものか」
うんうんとエリザベスが頷く。
――重商業主義。
あるいは、マーカンテリズム。
絶対王政の元での軍事費確保や官僚の給与支払い、そしてなにより王族の豪勢な生活を維持するため、貿易の黒字化や他国からの輸入を制限することによって富の流出の抑止と国内産業の保護を目指した政策だ。
その根本となる考えは『輸入を少なく輸出を多く』となる。海外から買うものが少なければ金銀や貨幣はそれほど減らないし、逆に海外に物を買ってもらえればそれらは増える。国内に存在する金銀や貨幣の量こそが豊かさであるという考えだ。
「重商業主義をするならやはり大陸からは撤退した方がいいな。そうして浮いた資金や人材で新たな植民地を獲得した方がいい。大陸の連中は我々と同等かそれ以上の技術力・軍事力を持っているが、未開地はそうでもないからね。一方的な勝利を重ねられるだろう」
「さすがのご慧眼であります。……納得いたしました。将来の植民地拡大も見越しての大型船確保でしたか」
財務大臣が恭しく頭を垂れる。
「うん。国の造船所が予定で埋まっているなら、民間の造船所を使わないといけないからね。――民間からの船舶買い取りだが、将来的には民間造船所に委任しての大型船建造を見越して動いて欲しい」
「ははっ、承知いたしました」
「あとは人口が増えているのなら重商業主義より重農主義に転換した方が……いやまだ早いか……」
「じゅうのう主義、ですか?」
「……あぁ、まだ
「は、はぁ……。また例の
すぐに納得した財務大臣の様子からして、エリザベスが妙なことを口走るのはよくあることなのだろう。
「それと首都に流れてくる人口が増えるに従い、麻薬も多く流通しているようで」
財務大臣が憂鬱そうにため息をつく。富が裏社会に流出することを嘆いているのか、あるいは労働力が麻薬漬けになるのを恐れているのか。
「ほぉ、麻薬が? それはアヘンか
「いえ、ジールングから大量に入ってきているようでして」
ジールング。三つの海を越えた東の果てにあるという島国だ。2000年も前から『帝』を戴き、独自の文化を築いているという。
「ジールングの麻薬……。あぁ、アレか」
心当たりがあるのかそんな呟きをするエリザベスであった。麻薬の種類が分かる王女とは何なのだろう? ……今さらの疑問であるか。
区切りとばかりにエリザベスが両手を打ち鳴らす。
「ともかく。喫緊の課外は人口の急激な増加と食糧不足か。しばらくは輸入して何とかするしかないが……これはやはり農業改革が必要だね。肥料の増産や農地の拡大はもちろんのこと……作業量が多くて人手が必要であり、そんな人手を全員食べさせることができて、その上販売するほどに収穫できる作物があれば完璧だね」
「そのような都合のいい作物があるのでしょうか?」
「……うん、あるんじゃないかな? 少し心当たりがあるから探してみよう」
探す?
王女殿下が、作物を?
その口ぶりに唖然とするしかないウィリアムであったが、いつものことであるのか財務大臣を初めとした各大臣は何も言わないのであった。
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