第13話 転移魔法
ぐわん、と。
腹の中がすべてひっくり返されたかのような不快感。
足元の感覚がなく、奇妙な浮遊感に全身が包まれる。
貧血で倒れそうになったし、国王陛下を前にした緊張でもしなかった嘔吐をしそうになったが……それらを高位貴族としての意地で耐えてみせたウィリアムである。
「ぐぅ」
何が何やら分からないが、不快感が通り過ぎたあと。ウィリアムは地面に片膝を突いていた。
……地面がある。
息ができる。
今まで無意識に息を止めていたらしい。
「ほぉ、初めてなのに耐えてみせたか。立派なものだな」
感心したような声を上げるのはギデオン。ウィリアムが顔を上げると、ギデオンは平然とした顔をしていたので対抗してウィリアムも立ち上がろうとする。
「いやいや、お待ちをご子息殿。いきなり立とうとしては貧血となりましょう」
聞き覚えのある声。
視線を向けると、先ほど会議室にいた海軍大臣だった。
「しかし、立派なものですな。そこの大臣は初めての時など意識を失ったのですが」
海軍大臣を親指で指したのは陸軍大臣。
「おいおい、言ってくれるな友よ。……しかし、さすがは王女殿下がお認めになっただけはありますな」
海軍大臣が手を差し伸べてくれたので、遠慮なく握り返して立ち上がる。彼も侯爵という地位なのでともすれば無礼となるのだが、ここで手を握らない方が失礼に当たると判断した形だ。
少しだけ余裕が出てきたウィリアムは、ゆっくりと周囲を見渡した。
……室内の装飾は、今日訪れた王女別宮によく似ていた。
宮殿はその建物全体で統一された内装とすることが多いので、おそらくは王女別宮で間違いないだろう。
室内にはリチャードとギデオンの他、海軍大臣、陸軍大臣、そして財務大臣がいた。
「こ、ここは……?」
ウィリアムの疑問にギデオンが答えてくれる。
「その顔だと気づいているんだろう? 王女別宮だな」
「……宰相執務室から王女別宮までは歩いて15分はかかるはずだ」
「俺なら徒歩でも8分あれば移動できるな」
「茶化すな。……それだけの距離を、あの一瞬で移動したとでも? それではまるで――」
「――転移魔法みたいじゃないか。かな?」
先ほどまでは影も形もなかったのに。ウィリアムの背後にいたのは魔導師団長・マーガレット宮廷伯であった。
「まさか、本当に転移魔法だとでも? 転移魔法などそれこそ魔導師団に入れるような魔術師が、大規模な魔法陣を起動させてやっと実現できるかどうかという術式のはず。いえ、王女殿下ほどの魔力量ならば転移魔法を使えても不思議ではありませんが……」
複数人の転移など、それこそおとぎ話の中の魔法使いがやるような奇蹟だ。そんな奇蹟を、同じ王宮内に建つ王女別宮への移動に使うなど……。
くすり、とマーガレットが笑う。
「ただの移動というわけでもないさ。宰相や大臣クラスが王女別宮に集まっていたら、良くも悪くも耳目を集めるからね。今はまだ『時』じゃないのだから、このような集まりは隠しておく方がいいのだよ。そして、各大臣が誰にも知られずにここまで異動するならあの『扉』が必須となるのさ」
まるで心を読んだかのような解説をしてくれるマーガレット。
「時、とは……?」
「そのうち分かるさ」
マーガレットの口ぶりからして、これ以上追求しても教えてくれることはないだろう。そう当たりを付けたウィリアムは別の質問をした。
「あの扉は……もしや、魔導具ですか?」
「そうなるね」
「魔導師団長がお作りになったのですか?」
「まさか。私はここまで器用じゃないよ」
「……ではまさか、王女殿下が?」
「凄いだろう? さすがは私の弟子だよね。転移魔法で一番難しい座標指定を固定式にすることで解決し、転移に必要な膨大な魔力は王城の下にある魔力スポットから引っ張ってくる。王城のような重要拠点は魔力スポットの上に立てられるのが常だが、それはあくまで結界魔術の原動力とするため。そのためだけに使うのが『常識』だった! だというのに、まさかそれを他のものに転用するとは! その柔軟な発想と実行力は我が弟子ながら只者じゃないよね!」
「は、はぁ……」
弟子の自慢をしたいのか、あるいは魔術研究家として興奮を抑えきれないのか……。たぶん両方だなと少し距離を取るウィリアムであった。
「――やぁ、みんな集まったみたいだね?」
まるで頃合いを見計らったかのようにエリザベスが部屋に入ってきた。
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