第12話 扉


(や、やっと終わった……)


 ウィリアムはもう精根尽き果てる思いだった。……その原因の大部分は国王と対面したからだが。


 会議自体はエリザベスの『ワガママ』によって少し荒れたもの、それ以外はつつがなく終了し。エリザベスは国王に抱かれたまま会議室を出て行った。あとは流れ解散となるのだろう。


「では宰相。またあとで」


「うむ」


 海軍大臣、陸軍大臣が宰相であるリチャードに挨拶してから会議室を出て行く。国王がいない場所でまた会議をするのだろうか?


「ついてこい」


 有無を言う間もなくリチャードが歩き出してしまったので、慌ててウィリアムは後に続く。


「……なんだ? お前もついてくるのか?」


 当然のような顔をしてリチャードの隣を歩くのはギデオン。


「あぁ。父上は遠征中だからな。父上の部屋のあれ・・は使えないんだ」


「あれ?」


「……ま、口で説明するより、実物を見た方が早いだろ」


 それ以上は『あれ』とやらの話題を出さず、どうでもいいような雑談ばかり振ってくるギデオンだった。





 リチャードに連れてこられたのは宰相執務室だった。

 それ自体は特に可笑しなことはないのだが、奇妙なのは執務室に入ってもリチャードは椅子に座ることなく、隣室に続くドアに向かった点だ。


 貴族の部屋には隣に衣装部屋を兼ねた更衣室が備え付けられていることが多く、面会する相手の地位によって召し物を変えることがある宰相の部屋には必須と呼べる施設だった。ゆえにこそウィリアムも部屋の中に別室へと繋がるドアがあっても今まで特に注目していなかったのだが……。


「こっちだ」


 一応案内する気はあるのか、そんなことを口にするリチャードだった。


 まずはリチャード、そして当然のような顔でギデオンが部屋に入る。最後に入室したウィリアムが見たのは――やはり、衣装部屋を兼ねた更衣室だった。


 貴族女性のものと比べれば数は少ないが、それでも男性としては圧倒的な衣装の数。着替えもまた宰相の仕事のうちかとウィリアムが感心していると――リチャードとギデオンは、さらにもう一つの扉の前に立った。


(更衣室の中に、さらに扉?)


 扉が開けられる。

 その先にあったのは、何とも奇妙な空間だった。


 闇が渦巻いている、とでも言おうか? ドロドロとした、触れるだけで毒に侵されそうな。生物としての危機感をかき立てられるような渦巻く闇。


 魔力が感じられるので、魔導具的なものであろうという推測は立てられる。

 だが、その魔力が尋常ではない。まるでこれから大規模な魔術的儀式が執り行われるのかと思いたくなるほどの魔力が、扉から更衣室に漏れ出している。


 魔力がほとんどない庶民では近くにいるだけで魔力の中毒症状を起こすだろうし、高位貴族であろうとも直接触れれば魔力酔いをしてしまうかもしれない。


 そんな渦巻く闇の中に、まずはリチャード、続いてギデオンが入っていく。あのような高密度な魔力の中に戸惑いなく入っていくとは……。


「なんだ? 怖いのか?」


 渦巻く闇の中から首だけを出して、ギデオンが煽ってくる。


「……ふん、安い挑発だな」


 鼻を慣らしつつ、ウィリアムは扉の前に立ち――拳を強く握りしめてから闇の中に突入した。


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