第11話 偉大なる国王陛下
「こ、国王陛下との謁見ですか?」
今日は別宮にいるという予定は聞いていても、陛下との謁見があるとは聞いていなかったウィリアムは顔が蒼くなってしまう。
我らが偉大なる
国家の希望。辣腕王。教会との権力争いに勝利し、王権の強化に成功した偉人。さらには大陸のカレアス地方とコンポスアゴ地方を征服し、我が国の大陸進出の橋頭堡を築いた人物。
彼の治世の元で我が国の人口は急増し、産業も振興され、民間では次々に設立された貿易会社が王国に富をもたらしているという。ウィルアムは貴族であるので商売には疎いが、それはきっと素晴らしいことなのだろう。
そんな偉大なる国王陛下。いくら宰相の息子とはいえ、未だ地位としては大学生でしかないウィリアムではそう簡単に謁見できる存在ではない。
さすがに
二人の様子に気づいたのか、エリザベスが「気にするな」とばかりに手を振る。
「あぁ、そこまで畏まる必要はないよ。今日は『イタズラ好きの王女がサプライズで会いに来た』っていうコンセプトでいく予定だからね」
「あ、はぁ……?」
なんだかよく分からないウィリアムである。というか普段のビン底眼鏡を外した絶世の美少女がいつも通りの変わった口調で喋っているのは違和感が凄いな、と、現実逃避気味にそんなことを考えてしまうウィリアム。
「父様もウィルのことは気に掛けているみたいだし、顔見せするいい機会だろう。となれば一緒にギデオンを紹介した方がいいし……ついてきてくれるかな?」
今日のコンセプトであるというイタズラっぽい笑顔を浮かべるエリザベス。そんな顔をされては、もはや覚悟を決めるしかないウィリアムとギデオンであった。
◇
王宮の中に準備された会議室。
そこでは大臣クラスが集まり会議が行われているようだった。無論今の地位ではウィリアムもギデオンも会議に参加するどころか部屋に近づくことすら許されないのだが、そこはエリザベスの意向によって同行が許された形だ。
「お父様~!」
まるで子供のような――いや、事実10歳なのだから当然なのだが――年相応の子供のような、少し舌足らずな声を上げたのはエリザベス。とてとてと走り、
「おお、ベス。どうしてこんなところへ?」
目尻を下げながらエリザベスを受け止めたのは父王エドワード8世。あらゆる戦争に勝利し、自分に都合が悪ければ国教すら変更してみせた辣腕王。都合が悪くなれば妻ですら処刑してしまう悪辣王。
そんな『恐ろしい』はずの王の胸に抱かれ、しかしエリザベスは少女のような笑顔を浮かべている。いや事実少女であるはずなのだが。
「えへへ~! お父様を驚かせたくて!」
「おぉ、そうか、そうか。これは驚いてしまったな!」
「やったぁ!」
微笑ましいはずの親子のやり取り。
しかし、ウィリアムの背中がムズかゆくなってしまうのは気のせいだろうか?
「……ぷ、くくく、」
ウィリアムの真横で今にも吹き出しそうになっているのはギデオンだ。
(おまえ! 笑うなよ!? 下手すれば不敬罪だぞ!?)
思わず小声で注意するウィリアム。
(わ、分かっている。分かっているが……いかん、笑える)
(笑うな!)
必死のやり取りをする二人の様子に気づくことなくエリザベスは『きゅるんきゅるん』している。
「お父様! 私、お船が欲しいの!」
「おぉ、いいぞいいぞ。可愛いベスのためならいくらでも買ってあげよう。どんなお船がいいのかな?」
「おっきいお船がいい!」
「おっきい?」
「えぇ! 何百人も載せて海を渡れるお船が欲しいの! そうしたらお城のみんなを乗せて大陸まで遊びにいけるでしょう?」
「おぉ、おぉ、そういうことだったか。いいぞいいぞ。ベスのためなら準備してあげようじゃないか。それにしても皆を乗せて大陸旅行とは、なんとも優しい子だなぁベスは!」
「えへへ~!」
天使のような笑顔を浮かべるエリザベスと、我慢の限界に達しそうなギデオンの足を踏みつけるウィリアム。何とも対照的な光景であった。
「――海軍大臣」
エリザベスの頭を撫でながら、ひどく冷酷な声を出すエドワード。
「は、ははっ!」
「聞いたとおりだ。大型の船を準備しろ。大きければ大きいほどいい」
「お、大型の
「できぬのか?」
「か、海軍の主力艦を転用するという形でしたら何とか……大砲を降ろし、砲門を塞げばかなりの輸送力を確保できるかと」
「ならば、それでやれ。なるべく早くだ」
「は、ははっ! 承知いたしました!」
今にも泣き出しそうな海軍大臣を尻目に、エリザベスが国王の鼻を人差し指で
「もうっ、お父様。大臣さんをイジメちゃダメですよ?」
「ははは、イジメてなどいないさ。彼には仕事を頼んでいるだけなのだからね」
「それに、主力艦というのは大切な船なのでしょう? 私、皆さんに迷惑を掛けるつもりはないのに!」
「おぉ、そうかそうか。ならば主力艦はそのままにして、民間で一番大きな船を買い上げようか」
「庶民に無理強いしてはダメですよ?」
「もちろんさ。ベスを悲しませたくはないからね」
ニコニコと笑う国王は、視線をエリザベスからウィリアムとギデオンに移した。
「……で? この者たちは?」
笑ってない。
顔は確かに笑顔を作っているが、目はまったく笑っていない。まるで害虫を見るかのような冷たい目だ。……愛娘が男を連れてきたのだから当然と言えば当然か。
そんな国王の視線に気づいているのかいないのか、エリザベスが二人を紹介してくれる。
「私の家庭教師になったウィルと、護衛騎士になったギルですわ! 新しいお友達をお父様に紹介したくて!」
「おぉ、そうだったのかい。ベスの友達になれるとは幸せな野郎共だな。……なぁ、嬉しいだろう?」
国王からの確認に、ウィリアムとギデオンは即座に姿勢を正して「もちろんであります!」「子々孫々に伝えるべき栄誉であります!」と即答した。軍隊式の敬礼をしてもおかしくはない勢いだ。
その態度に一応は満足したのか、国王は二人をじっくりと観察しながら自らの顎髭を撫でる。
「……ふむ、ウィリアムと言えば、宰相の息子だったか?」
エドワードの確認に宰相リチャードが丁重に頷く。
「はい。愚息ですので王女殿下にご迷惑を掛けていないか心配で……」
「なぁに、お前の息子なら平気だろう。それに、
「その程度のこと、当然ですな」
「……お前は子育てが下手だなぁ。少しくらいは愛情を込めて育てぬと。見よ、余が愛情を込めて育てたベスはこんなにも素直でいい子に育ったではないか!」
「いやはや、さすがは我が王。子育ての才能までおありとは……」
「ふふん、そうだろうそうだろう? ……そして、ギデオンと言ったな? おぬしの父はもしや第一騎士団長の?」
「はっ! 申し遅れたこと平にご容赦いただきたく! ギデオン・ギルバート侯爵が嫡子、ギデオンjr.であります!」
「おう、おう、父親に似て元気なことだな。……彼奴にはコンポスアゴ地方の守りを任せているからな、しばらく家にも帰してやれていないが……奥方は息災か?」
「はっ! むしろ父がいないうちに領地の財政を再建すると息巻いております!」
「はははっ、相変わらずだな。女だてらによくやっておる」
満足げに笑ってから国王がエリザベスに確認する。
「ベスよ、この二人は迷惑を掛けていないか?」
「大丈夫ですわ。二人とも一生懸命やっていますもの」
「ふふふ、優しい子だなぁベスは。たまには躾――いや、難しい課題を与えるのも忘れてはいけないよ?」
「はぁい、分かりましたわお父様」
「うんうんいい子だ。他に何かお願いはないかい? お父さんが全部叶えてあげようじゃないか」
「……では、私も事業をやってみたいですわ!」
「じぎょう?」
「偉い人間は貧民救済のために事業をするものなのでしょう? 私も王族として、そろそろ事業をするべきだと思いますの!」
「おぉ、おぉ、ベスは本当に聡明な子だね。本当に優しい子だね。何の事業をするのかもう決めているのかい?」
「はい! 宝石を売ってみたいですわ!」
「ほぉ、宝石。それはまた女の子らしい発想だね」
「……ダメですか?」
「まさか! 宝石なんて城の宝物庫にも腐るほどあるからね! 好きに売ればいいさ!」
「私も商人からの仕入れとかやってみたいですわ!」
「はは、ベスも大人に憧れる年頃か。いいぞいいぞ。近いうちに城の御用商人を紹介してあげよう」
「本当ですか! ありがとうお父様!」
ぎゅーっと国王に抱きつくエリザベス。どうやらこの茶番劇はようやく終わりを迎えたらしい。よくぞ笑わずに耐えたぞとギデオンを褒めるウィリアムであった。
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