第7話 塔


 数日後。

 いつものようにエリザベスを探していたものの、見つけることができなかったウィリアムは、最後の望みをかけて訓練場に顔を出した。


 途端に睨み付けてくるのはギデオンjr.


「なんだ、また殿下の尻を追いかけているのか? とんだ変質者だな未来の宰相様は」


「……ギデオン。貴様は顔を見るたびにケンカを売らなければ気が済まないのか?」


「王女殿下を害虫からお守りすることも騎士の勤めだ」


「ふん、どちらが殿下にとっての害虫であるか、今この場で確かめてもいいのだぞ?」


「はっ、面白ぇ。やってみるか?」


 即座に魔法を起動しようとするウィリアムとギデオンであるが……どちらともなく止めた。


「……こんなことをしている暇はない。早く見つけなければまた移動されてしまう。それに、お前のような人間でも『臣下』が傷ついたら殿下が悲しまれるからな」


「同感だ。お前のような軟派男でも、『臣下』が傷つけば殿下は悲しまれよう」


「…………」


「…………」


 互いに睨み付けながら、それでも並んで演習場を出て行くウィリアムとギデオンであった。





「おい、付いてくるな」


「はっ、誰が貴様なんぞと行動を共にするか。俺も殿下に話があるんだよ」


「話など、不躾な。臣下から話しかけるなど礼儀知らずにもほどがある。相手は王女殿下であらせられることを忘れたか?」


「はん、俺は殿下の剣の師匠だからな。少しくらい融通が――いや」


 ウィリアムに対して嘲りの顔を浮かべていたギデオンが、ふと真剣な表情を作る。


「師匠か。あの御方を差し置いて『師匠』を名乗るなど、少々不躾かもしれんな」


「ギデオン……?」


 あまりに急変した彼の態度に訝しげな顔をするウィリアム。


「……さて。どこにもいないとなると、残るはあそこ・・・だな」


「あそこ?」


「……教えてやるのは癪だが、殿下もお前を家庭教師として任命された。ならば知っておくべきだろう」


 そのままギデオンが向かったのは……古ぼけた尖塔。

 普通尖塔というのは城壁や本城に組み込まれて建築されるものなのだが、その尖塔は周囲に城壁も建物もなく、ただ一塔だけ建っていた。まるで何かを隔離するかのように。誰も寄せ付けない牢獄であるかのように。


 ――塔。


 ウィリアムもその名と噂話くらいは知っている。

 いわく、建国の昔から存在する塔。

 いわく、その塔があるからこそ王宮はこの場所に建てられた。

 いわく、その塔では世界を滅ぼすほどの魔法が研究されている。


 ――いわく、その塔には『魔女』が住んでいる。


 何ともいわくの多い塔であるが、貴族の中でその塔について語っている者を見たことがないし、近づいたことがあるという話も聞いたことがない。


 ウィリアムも詳しいことは知らない。誰にも案内されたことがないし、何の用事もなかったし、いくら宰相の息子でも王城の中を興味本位で歩くことは憚られたからだ。


 そんな塔に、ギデオンは迷うことなく入っていった。使用人に扉を開けさせることもなく、呼び鈴すら鳴らさずに。


 なんとも非常識なことであるが、良くも悪くも、エリザベスとの付き合いでその辺が麻痺してきていたウィリアムも続いて塔の中に入った。


 ここ最近急激に鼻に馴染むようになった、カビ臭いニオイ。いつから掃除されていないのか石積みの壁には苔が生い茂っていた。


(あの研究室といい、訓練場といい、この塔といい……なぜ殿下はこのように『王女らしくない』場所にばかりおられるのか)


 あの御方のことだから何か考えがあるのだろう。自分にそう必死に言い聞かせながらウィリアムたちは内部の螺旋階段を上り――最上階に到達した。


「おっと」


 ギデオンが扉をノックする直前。内側から扉が開けられた。


 ボロボロの塔ではあるが使用人はいるらしい。少し安心したウィリアムであるが、すぐに疑問が湧き上がってくる。まだノックもしていないのにどうやってこちらの来訪と、扉の前に立ったタイミングを察知できたのだろうかと。


 塔にやって来たのは窓から見ていれば分かるとしても、ウィリアムたちがノックする直前にドアを開けるなどという芸当はできないはずなのだが……。


 首をひねるウィリアムを、さらに困惑させる現実が襲いかかる。ドアの内側には誰もいなかったのだ。

 普通であればドアを開けた使用人がいるはずで、今頃は来客に対して深々と頭を下げているべきなのに。これでは扉が独りでに開いた・・・・・・・・・ようではないか。


「――おや、ギルにウィル。こんなところにまで来るとは珍しいね」


 と、朗らかな声でウィリアムたちを出迎えたのはエリザベス。『ウィル』は自分の愛称だから、『ギル』とはギデオンのことだろうかと見当を付ける。


 自分より先にギデオンの名前を呼ばれたことに少し嫉妬するウィリアムである。出会った時期はギデオンの方が早く、剣の師匠でもあるのだから当然と言えば当然なのだが……。


(いや、なにを。10歳の少女に対してこのような感情を抱くなど。……いやいや違う。これは臣下として、ギデオンに負けてられないと奮起しているだけだ)


 誰に語るでもなく心の中で言い訳をするウィリアムであった。


 そんな思春期男子の心境はともかく。塔の最上階の一室には栄えある王女殿下グロリアーナと、もう一人の女性が存在していた。来客だというのに机に視線を落としたまま、顔を上げる気配すらない。


 ――マーガレット・ファインズ魔導師団長。


 来歴はよく分からない。いつの頃からか王宮で仕事をし、魔導師団の長となったという。本当かどうか分からないが、およそ百年前・・・に叙爵して宮廷伯となったという記録が残っているらしい。


 畑一面に実る小麦のような金髪。室内仕事であるがゆえの白い肌。そして、エリザベスそっくりなビン底眼鏡と、おそろいであるかのようなシワだらけの白衣。


 そして。

 これもまたエリザベスと同じ。

 横に伸びた・・・・・長い耳。


 ある人は、彼女がエルフ族であると言う。

 ある人は、エルフの先祖返りであると言う。

 ある人は、人間とエルフとの間に生まれたハーフエルフだという。


 答えは分からない。彼女の来歴を知っている人間は皆寿命で死んでしまったからだ。


 ビン底眼鏡で顔の全容は分からないが、それでも若いように思えるし、顔を見たことがある人間は絶世の美女だと証言している。王との謁見の際には眼鏡を外すので、それに陪席できる地位の人間であれば素顔を目にしたことがあるのだ。

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