第6話 王女殿下との出会い(ギデオン視点)
近頃の騎士というのは基本的に平民主体で、優秀な者は貴族身分である騎士爵となることができるが、それも本物の貴族から見れば半端物でしかない。平民ではないが、貴族としても認められない。
戦争における動員人数の増加に伴い、馬の数が足りずに徒歩となる騎士も多く……最近では
貴族こそが騎士となり、貴族の誇りを抱いて悪いドラゴンを討伐し、お姫様を助ける。そんな時代はもう遠い彼方の物語になってしまったのだ。
ギデオンだって、貴族が前線に立つ時代ではないことくらい分かっている。それでも剣の腕を鍛え、こうして平民に混じって訓練をしているのは幼い頃から叩き込まれてきた生き様をそう簡単に変えることができないから。
貴族とは領民を率い、王の下に集って戦う。
それこそが彼の価値観であり、彼が叩き込まれてきた常識だった。
そんな、かつてのある日。
彼がいつものように平民に混じって訓練をしていると、エリザベス王女殿下がやって来た。
最初は他の貴族令嬢のように『流行りの』騎士様見学にやってきたのだと思ったら……なんとなんと、剣を習いたいのだという。
それを聞いたギデオンはどうしたものかと悩んだものだ。
……いいや、正直に言おう。とんでもない厄介ごとがやって来たなと面倒くさくなったものだ。
騎士というのは王女様の遊び相手じゃない。いくら平民であろうが、国のために日々鍛錬している姿は尊敬に値する。そんな彼らを王族の『オモチャ』にするわけにはいかないのだ。
断ろうと思った。
だが無理だった。
王女殿下と一緒に訓練場へとやって来たのは宰相閣下だったのだから。
……これは、一度痛い目を見ていただいた方がいいな。
武闘派のギデオンはそう判断した。
平民に王女殿下の相手をさせるわけにはいかないので、ギデオンがエリザベスの指導をすることになった。
とはいえ、エリザベスは剣について何も知らなかったので、まずは体力作りと称して演習場を何度も何度も走っていただいたのだが。
訓練を初めて、いきなり剣を振るうことはない。それは王女だろうが平民だろうが同じだ。剣を振るい続けるだけの気力体力を鍛え、なおかつある程度身体を柔らかくしなければケガに繋がるのだから。
剣の練習に来たのに、剣を振ることもできず、ひたすら走り続けるだけ。
正直言ってすぐに根を上げると思っていたし、ギデオンもそれを期待していた。
だというのに。
エリザベスは、諦めなかった。
走り込みしかしなかった初日に文句一つ言わず。また翌日も訓練場にやって来て走り込みをしようとしたのだ。
もしや、これは本気かもしれない。
となれば、このままの流れでギデオンが『師匠』ということになるのだろう。最初に走り込みを指示したのはギデオンであるし、そもそも訓練場には彼以外に高位貴族はいないのだから。
…………。
もしもケガをさせたらどうする? 国王陛下にバレたらどうする? あるいは実家と敵対する貴族からの攻撃材料になるかも……。
どうしたものかと、昨日とは違う意味で悩むギデオンであった。
◇
エリザベスの本気は継続し。数ヶ月で基礎的な体力を付け終わることに成功した。
その後は本格的な剣の修行に移ったが……驚くべきことに、エリザベスには剣の才能があった。
いや何をもって『剣の才能』と言うべきかはギデオン自身もよく分かっていない。戦場で大剣を振ることができるのも剣の才能であろうし、相手の攻撃を見極めることができる『眼』を持っているのも剣の才能だろう。あるいは誰よりも速く突きを放てたり、身軽だったり、先に相手をへばらせることができる体力だったり……。
定義は色々とあれども、間違いなくエリザベスもまた『剣の才能』を有していた。
具体的に言えば目が良く、身体強化魔法が使え、もしケガをしても回復魔法で傷を癒やすことができた。
こうして列挙してみると、何と厄介な剣士であろう。
あのビン底眼鏡の奥に光る青い瞳は抜群の動体視力を誇り、どんな攻撃でも見極めることができるようだった。
そして、見極めた攻撃を捌くことを可能にする身体強化魔法。
どれだけ目が良かろうと、身体が反応できなければ意味はない。しかしエリザベスはその潤沢な魔力で肉体を強化し、無理やりに適応してしまう。
最後は、やはりその潤沢な魔力で行われる治癒魔法。
ちょっとした打撲や切り傷なら呪文すら唱えず自動で回復してしまうし、騎士の骨折を癒やしていただいたことも一度や二度ではない。
そのおかげか騎士の間では『天使』としてさらに人気が高まり――閑話休題。
剣士としての才能を改めて考えたギデオンであるが、今まで挙げたもの以外にももう一つ才能と呼べるものがあることを知っていた。
それこそが、不屈の心。
初日で走り込みだけしかさせてもらえずとも。その後も中々剣を振らせてもらえなくても。エリザベスは諦めなかった。飽きることもなく、不満すら口にしなかった。
いくら回復魔法で癒やせるからといって、ケガの痛みが消えるわけでもない。だというのに彼女は毎日のように訓練場にやって来て、平民の騎士との訓練すら行っていた。
強くなるために。彼女はできるすべてのことをやっていた。
正直言って何がそこまで彼女を駆り立てているのかは分からない。王とは守られるべきもの。一度戦場で攻撃魔法を放てば、あとは一番安全な場所で近衛騎士団に守られているべき存在だ。剣を振るう機会などないし、あってはならない。
強くなっても意味はないし、強くなること自体が、近衛騎士を信用していない証ともとれるかもしれない。
だが、そんな『弟子』を育てることを……いつの頃からか、ギデオンも心の底から楽しむようになっていた。
そんな日常に突然現れたのはウィリアム・エクセター侯爵令息。
胡散臭い野郎だ。
大学では勉強ばかりしていて、貴族の責務である剣を鍛えている様子はない。
眉目秀麗であることをいいことに女共を常に
軟弱であった。
ギデオンが最も嫌う人種であった。
そんなウィリアムは一丁前に王女を守るかのような姿勢を見せている。
だが、ウィリアムの軽薄さを嫌うギデオンからすれば、エリザベスに媚を売っているようにしか見えなかった。
しかも言うに事欠いて「顔に傷が付いたらどうする」など……。
こいつは王女殿下の顔しか見ていない。
何も分かっていない。
ギデオンの腹に沸々とした怒りが湧く。
王女殿下の剣の才能は本物だ。
たとえケガをしても自分で癒やしてしまう。
王女殿下の覚悟も本物だ。
遊びではなく、本気で剣術を習得しようとしている。
何も知らないくせに、偉そうに。
王女殿下に媚を売る害虫が。
宰相の息子であろうが、将来の宰相である確実視されていようが、知ったことか。
こんな男を、これ以上殿下の近くに侍らせることなどできるものか。
幸いにして向こうから魔法を起動してくれたので、容赦なく
そんな決意をしたギデオンを止めたのは、他ならぬエリザベスであった。
――そうか。
すべてを理解するギデオン。
あのような軽薄な人間であろうとも、この国で大きな力を持つエクセター侯爵家の嫡男。排除するのは難しい。
ならば自分の人間的魅力でウィリアムを更正してみせると、王女殿下はそうおっしゃりたいに違いない。
ダメな人間をすぐに切り捨てることなく、やり直しの機会を与える。
何と慈悲深き御方であろうか!
我らが
……この数ヶ月の付き合いで、ずいぶんと
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