第8話 魔導師団長


「……うん? キミは?」


 やっとウィリアムたちに気づいたのか、わずかに顔を上げる魔導師団長・マーガレット。そんな彼女に対して、エリザベスが手で指し示しながら紹介してくれる。


師匠・・。こちらは最近私の家庭教師となったウィルです」


「……家庭教師、ねぇ?」


 ウィリアムの頭からつま先までを観察してから、マーガレットはにやりと口角を吊り上げた。


「エリーの家庭教師は大変だろう? なにせ彼女はとても優秀だからね」


 エリザベスを愛称で呼びつつ、「お前が何かを教えることができるのか?」とウィリアムを試してくるマーガレット。どうやらウィリアムの初期評価はあまり高くないようだ。


 しかし家柄と学業成績、そして見た目からこういう皮肉など慣れているウィリアムである。


「いえいえ、私などでは殿下に教えることなどありませんよ。むしろ将来の臣下・・・・・として学ばせていただいていることが多く……」


「学ばせていただいて、ねぇ? 将来の臣下が、王女殿下の手を煩わせるとは、いかがなものと思うよ?」


「えぇ、自分でもこの未熟さが嫌になります。しかし未熟であるがゆえこれから成長することができ、若い力で・・・・これからも殿下をお支えできると考えています」


「……父親リッキーに似て皮肉屋なことだね」


 ふーやれやれと肩をすくめるマーガレット。

 正直、あの厳格な父親のことをそのような愛称で呼ばれると微妙な心境になってしまうウィリアムである。


 しかしこのマーガレット、口調がエリザベスに似ている。いやエリザベスのほうが似てしまったと言うべきか? ビン底眼鏡に白衣というファッションも合わせて、なるほどこれは『師匠と弟子』としか思えない。親子にも見えるが。


 ごほん、と咳払いして話題を変えるウィリアム。


「マーガレット宮廷伯は殿下の『師匠』とのことですが……」


「あぁ、そうだね。一応魔法の師匠ということになるのかな? 最近では私の方が教えられることが多いのだけど」


「教えられることが多い、ですか?」


 とんでもない発言をしたものだ。

 マーガレットに関する噂は判然としないものが多いが、少なくとも100年前に宮廷伯となったのは記録の上でも明らか。つまりは最低でも100年前から宮廷伯の地位を与えられるほどの活躍をみせていたのは事実であり……。


 魔術師は通常歳が上がれば上がるほど強力になると言われている。魔力は体力とは違い加齢によって増えていくものだからだ。


 つまり最低でも100歳を超えているであろうマーガレットは非常に強力な魔法使いであるはずであり。そんな彼女が「教えられることが多い」と言うのは謙遜にしても過大すぎではないだろうか?


「謙遜じゃないよ」


 と、ウィリアムの心を読んだかのようなタイミングで口を開くマーガレット。いやエルフであれば読心術を使えても不思議ではないかもしれないが……。


「やれやれ。キミたち人間はエルフを過大評価しすぎだね。まぁ『自然と共に暮らす、いつまでも若さを保つ美男美女』となれば夢を見てしまう気持ちも分かるけどね。あんなのは人付き合いが下手な引きこもりでしかないよ」


 また心を読んだかのような発言をするマーガレット。ウィリアムとしてはそういうものだと腹をくくるしかない。


「さて。一つ問いかけようか」


 マーガレットがまるで物語に出てくる悪い魔女のような笑みを浮かべる。くすくすと。ウィリアムが苦悩するのを楽しみにするかのように。


「キミはなぜエリーの家庭教師などしているのかな? 将来の出世? 金銭欲? あるいは、いつまでも若さを保つであろうエリーのことを嫁にしたいのかな?」


「…………」


 すでに腹をくくったウィリアムは誤魔化しすらしなかった。


「確かに。将来宰相を目指すならば殿下のお側に侍るのは重要でしょう。出世をすればさらなる領地や利権を得られますし、あの御方は将来美しくなられるでしょうから、伴侶となっていただけるならこれ以上の喜びはありません」


「おやおや美少女とは。ウィルは意外と情熱的だね?」


 と、少し巫山戯たような声を上げたのは話を聞いていたエリザベス。自分のことだというのにどこか他人事だ。


 自分の顔と口説き文句も殿下には通じないかと内心で少し傷つきつつ、マーガレットとの相対は続けるウィリアムである。


 そんな彼の態度を前にして、マーガレットはどこか楽しそうに見える。


「くくっ、正直なことだね? つまりキミは利害を考えてエリーの側にいるわけだ?」


「……まさか。そんなものは殿下が正式に女王になられると決まってからすればいいだけのこと。毎日毎日自分の時間を削ってまで王城内を駆けずり回り、殿下をお探しする必要などありません」


「では、なぜキミはエリーの側にいるのかな?」


「そうですね……。改めて考えてみても、よく分かりません」


「……ここは嘘でも「人柄に惚れた」とでも言っておくべきだと思うがね?」


「そう言えるほど殿下の人柄を知っているわけではありませんので」


「それはそうだ。で? よく分からないなら分からないなりに言語化してみたらどうかな?」


「えぇ、質問には明確に答えなければなりませんからね。…………。……そうですね。「殿下のお側にいると、予想外のことばかり起こって楽しいから」というのはどうでしょう?」


「……ははっ、なるほど。違いない」


 何かしらツボに入ったのかククッと笑うマーガレット。どうやら返事を間違ったわけではなさそうだ。


「ほぉ」


 と、感心したように唸ったのはギデオン。ウィリアムの少し後ろに立っていたので、ギデオンがどんな顔をしているかは分からない。声色からして悪い感情ではなさそうだが……。


 ひとしきり笑ってからマーガレットは弟子に視線を向けた。


「エリー。もう少し『臣下』に優しくしたらどうだい? キミはあちこちに出かけるのだから、今日向かうところくらい事前に教えるとかさ……」


 師匠から苦言を呈されたエリザベスは、横目でウィリアムを見てからほんの少し笑顔を浮かべた。


 王女としてのものではなく、かといって普段のエリザベスらしいものではない。なんというか、年頃の少女っぽい素朴な笑顔だ。


「……そうですね。これからはちゃんと教えることにします」


 そう約束するエリザベスだった。








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