第3話 才を認める
「おやおや。リッキー、キミの息子さんは常識人みたいだね?」
王女らしくない、美少女らしくない口調で話すエリザベス。目の前で口の動きと声が連動しているというのに、それでもまだ信じられない――信じたくない光景だ。
「まったく未熟者ですな」
そんな口調のエリザベスに対して、しれっとした態度で同調するリチャード。こちらもあの堅物とは信じられない温和な雰囲気だ。まるで祖父と初孫のような……。
……はっ、と、ウィリアムは再起動する。
いくら王女殿下らしくない見た目と口調をしているからと言って、目の前にいるのは正真正銘の
「お、王家の至宝にお目にかかれましたこと――」
「あぁ、いい。この研究室ではそんな堅苦しい挨拶は無しだ」
「は? で、ですが……」
「はじめまして息子君。私はエリザベス。長ったらしいからエリーでもリズでも好きなように呼んでくれたまえ」
「……いえ、王女殿下をそのようにお呼びするわけにはまいりません」
ぴしゃりと断言するウィリアムであった。臣下としては当然の対応となろう。主君が間違っているとき、間違っていると諫言してこその忠臣であるのだから。
「堅苦しいことだね。こういうところはリッキーに似たかな」
くすくすと笑うエリザベスの様子を見るに、対応を間違えたわけではなさそうだ。
「では、君の自己紹介をしてもらおうか。簡潔にね?」
「ははっ。エクセター侯爵が長子、ウィリアム・エクセターでございます。本日は王女殿下の家庭教師候補として――」
自己紹介をしながら、ウィリアムは奇妙な感覚に囚われていた。
目の前にいるのは、王族とはいえまだ10歳の少女。だというのに、今の自分はまるで君主を相手にするかのように
子供から感じる微笑ましさなど微塵もない。
子供相手にあるはずの余裕も、存在しない。
今のウィリアムは、エリザベスに対して、一人の人間として、敬意を持って相対していた。
まさか、これが王者の風格か?
いやいやまさか、こんな10歳の少女に、そんなものが備わっているはずが……。
「ウィリアム君ね。じゃあウィルでいいかな?」
「は、はぁ……」
臣下である自分が王女殿下を愛称で呼ぶのはマズいが、逆となるとどうなのだろう? 今までの王族にそのような例があったのかどうか……。
ウィリアムの苦悩に興味などないのかエリザベスは彼から視線を外し、机に向き直ってしまった。
あまりにも衝撃的な外見と口調だったので他に注意を払う余裕がなかったが、よく見ればエリザベスの机には大小様々な鉱石が並べられていた。
それが『鉱石』であるとは察することができても、一体何の種類であるかまでは理解できないウィリアムである。貴族にとって必要ない知識なのだから当たり前だ。たとえ領内に鉱山があろうとも、採掘その他は専門家に任せてしまうのだから。
あの鉱石を割ると宝石の原石が出てくる。という展開ならまだ彼にも理解が及ぶだろう。錠前を自分で作ってしまう王族がいるのだから、自分で宝石を研磨する王女がいても……いやいやさすがにあり得ないか?
自分自身に突っ込みを入れるウィルなど放置してエリザベスとリチャードがやり取りをする。
「殿下。調子はいかがでしょう?」
「あぁ、やはりスラーグボルクの鉄鉱石が一番品質がよさそうかな?」
エリザベスが机の上から一つの鉱石を手に取り、それを青い瞳で覗き込んだ。
……せっかくの美しい青い瞳も、ビン底眼鏡によって隠されてしまっているのだが。
しかし、机の上に並べられているのは鉄鉱石なのだろうか?
王女殿下が鉄鉱石を集める。しかも、口ぶりから察するに各地の鉱山からサンプルを集めているとでも……?
戸惑いと、混乱と、もはや恐怖。ウィリアムがそれらの感情と必死に折り合いを付けている間、エリザベスとリチャードはさらに深く話を進めてしまう。
「スラーグボルクですか……。たしか湖鉄鉱床でしたか? 採れる数に限りがあるのが難点ですな」
「だがこの品質は捨てがたい。それに、湖の鉱床は取り尽くしても10年程度で回復するのだろう?」
「回復するとの話ですが、あくまで地元民の話ですし、10年も掛かっていては我が国の将来的な需要を支えきれません」
「う~ん、そうかぁ……。他の鉱山は質がいまいちだし、国内の鉱山はなるべく温存しておきたい。ここはやはり外国から輸入した方がいいか。新大陸の方には鉱床も豊富だと聞くし」
「新大陸から船で運ぶとなりますと、かなり大型の運搬船が必要になりますな。なにせ鉱石は重い上に場所を取りますから」
「いっそのこと現地で
「面白い提案ではありますが、それにはまず現地で友好的に協力してくれる勢力を作らなければ。その後は技術者の派遣と現地民の育成、施設の建設となりますから……輸送船を一隻増やした方が早いでしょうな」
「船。船かぁ。
「
「あんな役に立たないものはいらないよ」
「左様でございますか。……では、宝石の原石を他国から輸入したいという言い訳はいかがでしょう?」
「わざわざ自分で原石を買い、それを自分の船で運びたいと? ちょっと無理がある筋書きじゃないかい?」
「そうですなぁ……。筋書きといたしましては、まずは王女殿下に宝石への興味を持っていただきまして。だんだんと宝石商が持ってくるものでは満足できなくなり……。いっそのこと自分で探すことにした。という流れはいかがでしょう?」
「……さっきまではマシだけど、やはり無理があるのでは?」
「しかし、それを言いますと鉄鉱石の大量輸入が無茶なのですから……。殿下が
女王に、なられてから?
まさか。
その物言いにウィリアムは愕然としてしまう。
父上は、現役宰相は、王子殿下ではなく王女殿下に『国王』を任せようと? 攻撃魔法を使えないという、王女殿下に?
「う~ん、今のうちから複数の輸入経路を確保しておきたいんだよねぇ。いずれ戦争は鉄を投げ合うこととなるのだし……。お、そうだ」
リチャードから視線を外し、ウィリアムに向き直るエリザベス。
「ウィル。何かいい手はないかい?」
「じ、自分ですか?」
「リチャードは優秀だが、少し頭が固いところがあるからね。ここは若い頭脳に期待しようじゃないか」
「…………」
若いって。自分より殿下の方が遙かに若いはずじゃないか。
という指摘は飲み込むウィリアム。王族相手にそんなツッコミをできるはずがないし……リチャードとのやり取りを見て、とてもではないがエリザベスが年下には思えなくなったからだ。
10歳ではあり得ないほどの知識。頭の回転。そしてなにより、あの堅物で気むずかしいリチャードがおとなしく献策するほどの人物。
(エルフ族には先祖の記憶と技能を持って生まれる個体がいると聞くし、まさか殿下は
そう考えれば、彼女のエルフらしい外見も先祖返りの一種とされていたはず。
ともかく。
子供に対する誤魔化しなど意味はない。ここは本気で思考して答えなければ呆れて見放されよう。
「…………、……そうですね。ここは事業を始めるというのはいかがでしょうか?」
「事業?」
「殿下の年齢であれば貧民救済のために何かしらの慈善事業を始めてもおかしくはありません。宝石の販売に興味を抱くというのも王女らしく、女の子らしい内容であるかと」
普通慈善事業と言えば炊き出しなどがイメージされるが、他にも刺繍の買い取りや織物の製作などの事業を行い、貧民の雇用と炊き出し費用の捻出を同時に行うことも多いのだ。
ウィリアムの意見を聞き、エリザベスはにやりと口角を釣り上げた。
「ふぅん……? 事業を始めてみたはいいものの、宝石商から買い取った宝石を転売するのではたいした利益が出ず、貧民救済のための費用も捻出できない。だから外国から鉱石を輸入して中間業者を排除することにした。という筋書きを立てると? ……なるほど。最初に普通の宝石売買で失敗したあとなら、多少無茶なワガママを言っても通りやすいか」
「えぇ。あとは陛下にお願いするときの殿下の演技力次第かと」
「……なるほど、なるほど」
エリザベスはにわかに椅子から立ち上がり、まずはビン底眼鏡を外して机の上に置いた。続いてウィリアムの目の前まで移動し、彼の両手を握る。
青い瞳がウィリアムを捉える。
宝石のような。
澄んだ海のような。
……すべてを見通すかのような。そんな不思議な魅力と恐ろしさがある瞳だ。
「いや、中々に優秀じゃないか。なるほどさすがはリッキーが連れてくるだけのことはある。これからもよろしく頼むよ、ウィル」
「は、はい。お褒めにあずかり光栄の至りに存じます」
その勢いに圧倒されながらも、なんとか丁寧な返しをするウィリアムであった。
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