オッサンにファンタジーは難しい。

珠積 シオ

短編:オッサンにファンタジーは難しい。

 オッサンには『ファンタジー』は難しい。


 あぁ、いや、これだけじゃ誤解が生まれるな。


 オレの言う『ファンタジー』っていうのは、詰まるところ、『夢』ってやつだ。


 名の通った冒険者になりたい、強大なドラゴンを倒して英雄になりたい、悪辣な魔王から一国の姫を助けてお近づきになりたい。


 夢の形は様々だ。


 でもそれは、若いときに見る夢だ。


 オッサンのオレにも、夢を追いかけていた時期はあった。


 でも、夢を追いかけているうちに、日々の生活に追い込まれていく。


 具体的に言えば、『金がない』。


 今日生きる金がなければ、働くしかない。―――安い依頼を夜遅くまで受けて、気づけばその日は終わっている。


 オレに『才能』ってやつがあれば、そんな安い依頼、さっさと片付けて………きっとドンドン強くなって行ける。


 生憎、オレにそんな『才能』なかったがな。


 まぁ、あれだ。―――毎日の暮らしを気にしていくうちに、『夢』のことを考える暇なんざ無くなっちまったってだけの情けない話さ。



 ※ ※ ※



「うわぁさみぃ………」


 冒険者ギルドの目の前。


 公園の併設されている広場にて、オレ………アルティは、近くの酒場から持って来たエールを片手に、ベンチに腰掛けた。


「ま、いい景色だし………いいかぁ………」


 ベンチからは、この広場を中心として、ギルドや酒場だけでなく、花屋や青果店などの市場、部屋から明かりの漏れる民家などが全て見ることができた。


 オレは、そのベンチから見ることのできる、人間の『暮らしぶり』を肴に、酒を飲むのが大好きだった。


 季節は冬。


 つい数ヶ月前まで、夏の暑さが残っていた夜空は、すでに冷たさ降り注ぐ夜天へと変貌していた。


「………」


 オレは一人、無言で街並みを眺める。


 酒場で酒を煽る男たちは、皆一様に鎧や剣などをしていて、『武装』をしている。


 それらの煌びやかな装備と、自分の胸板を守る粗末な胸鎧ブレスプレートを見比べ………


「ハァ………」


 ため息を一つ。真っ白な息を吐き出した。



「死んじゃいそうな目、してるね」



 そこへ、一つの真っ白な声がかかる。


「………誰?」


 背後から声を掛けられ、うろんな目で頭を逆さにしながら声の主に目を向ける。


「んー………先日、絡まれてたトコを助けてもらった者………っていえばわかるかな?」


 そこにはパロットタイプの白のニット帽を被った、金茶色の女の子が居た。


 緑の胴衣の上に白の上着の上半身、白のロングスカートの下半身の女の子は、とても顔の整った少女だった。


「あ~………………あの時の………」


 つい二日前の出来事を思い出し、オレは盛大に顔をひきつらせた。


「懸命に荒くれ者と戦う姿………かっこよかったよ?」


「やめて! 思い出させないでっ!!」


 そう、女の子が荒っぽい冒険者に絡まれているところをみて、年甲斐もなく勇猛果敢に止めに入ったのだ。


 しかし、相手は三人で、ケンカの腕も、冒険者の実力も足りていないオレは、見事にボコボコにされた………


 ―――一応、粘りに粘り、相手を諦めさせることはできたのだが。


「………それで、今日はそんな情けないオッサンに何の御用かな」


 左頬の傷を撫でながら、若干涙目になりながら助けた少女に本題を促す。


「えっとね、いつもこのベンチでお酒飲んでるの見えたから………あの時のお礼におつまみ作ってきた」


 少女は、オレの隣に座ると、持ってきたバスケットを開き………中に入っていた『チョリソーのスパイス焼き』と『三種の豆のチーズ和え』を見せてくれた。


「おぉ………めちゃくちゃうまそう………いいのか?」


「もちろん。―――あの時はありがとう」


「見返りが欲しかった訳じゃないが………その言葉と、このおつまみが対価なら―――ボコボコにされた甲斐もあるなぁ」


 オレは、渡されたフォークでチョリソーを刺して―――口に運ぶ。


「ぅんめ………!!」


 絶品だった。


 たまらず勢いよく酒をあおいでしまう。


「この豆の奴もうまいな………!!」


「それはよかった」


 そんなこんなで、あっという間に酒もおつまみもオレは食い尽くしてしまう。


「うまかったぁー………」


 『フー』と盛大に息を吐くと、白くなった吐息が虚空へ消えて行った。


「………ところで嬢ちゃん、この辺に住んでんのかい?」


 程よい満腹感で上機嫌になっていたオレは、そこで、自分がそこで失言をしたことに気が付いた。


「あぁ………と、スマン。別に深い意味はないんだ。今のは流してくれ」


「うん、あそこに見える花屋に住んでる」


「いや、普通に言うんかい」


「………? なんかダメだった?」


「………いや、君がいいならいいんじゃないスか?」


 『オレの気遣いを返せ』と思ったのはナイショだ。


 とはいえ、今のやり取りから、少なくともその程度には心を許してもらえていることに安堵した。


―――あんま調子に乗らないように気をつけなきゃな。


「おじサンは、花でいうと『ティランジア』かな………」


 酔っている自分に自制を促していると、不意に隣の少女が、オレの顔を覗きながらそんなことを言い始めた。


 だが生憎、オレには花のことなどまるで分らん。


「………花のことには疎くてね。どんな花なんだ?」


 花屋の少女は、『うーん』と可愛らしく悩んだ後、指を立てて花のことを教えてくれた。


「場所を選ばず咲く花。花言葉は『不屈』。―――おじサンにピッタリじゃない?」


「えー………」


 まさかの解説に、年下の前だって言うのに、オレは盛大に顔を歪める。


「まさか、あのボコボコにされたときの姿見て言ってんの?」


「そう。あれはまさに不屈の心だった………!」


 オレの顔を覗く少女の瞳は、とても輝いているように見えて………そのまぶしさに、ついついオレは目を逸らしてしまった。


「不屈なんかじゃないさ。―――ただ、諦めるのが怖いだけの不甲斐ない奴だよ」


「おじサン?」


「おっと………悪い。中年の気持ち悪い気持ちを吐き出すトコだった」


 『タハハ』と、バツが悪く、笑っていると………


「いいよ。助けてくれたお礼に、その『気持ち悪い気持ち』っていうの―――聞いてあげる」


 あまり真意の読み取れない少女は、同じく、意図のわからない瞳でオレを見つめてくる。


「何言ってんだ。―――オッサンの戯言に付き合う必要はないって」


「いいから」


 少女は、変わらず感情の薄い表情で見つめてくる。


 その眼が嫌で、オレは仕方なく言葉を吐いた。


「………この年になると、嫌でも『夢』ってやつと向き合わないといけなくなる」


 煌々と輝く民家から視線を外し、オレは暗い夜空へと目を向ける。


「夢を諦めるのか、それとも夢を追い続けるのか………―――迷うんだよ。すっぱり諦められるわけもないからな」


 そうして、暗い空に浮かぶ星を、一つ一つ目で追いながらオレは言葉を吐き続ける。


「追い続けるのは怖い。―――叶うか分からないからな」


「………」


 隣の少女は、そんなオレの吐いた言葉を、何も言わずに聞き続ける。


「でも、諦めるのも怖いんだ。―――『夢』を諦めた自分は………本当に自分で居られるのか? そんな恐怖がつき纏うんだ」


 そう言葉を締めくくり………オレは盛大にため息をついた。


「ただ、最近は『夢』っていうファンタジーに向き合うのにも疲れてきてな。こうしてウダウダと酒を飲んでは『夢』から逃げ続けてんだ」


「………」


「ギルドにな、『白金の聖女』って二つ名のスゲー女の子がいんだ」


 オレは、口が勝手に動くまま、ダラダラと言葉を垂れ流す。


「オレよりよっぽど年下。―――丁度、嬢ちゃんと同じ年くらいの子だな」


「………」


「このまま夢を追い続けたとして、オレはあの子のような冒険者にはなれない。―――才能がないんだよ、オレは」


 吐いた白い息は、再び暗い夜空へ消えていく。


「―――まぁ、これがいい年こいたオッサンの気持ち悪い胸中だ」


 おどけたようにそう締めくくり、オレは改めて隣の少女の顔色を伺う。


「………」


 が―――


「寝てんじゃねぇよ」


「あう」


 この寒空の中、目の前のガキンチョは寝てやがった。


 急に恥ずかしくなったオレは、軽く少女の頭にチョップをかましてたたき起こす。


「………ごめん、話がつまんなくて」


「聞いてきたのはお前だろうがっ!」


 自分のトークスキルの無さを突き付けられているようで、オレはちょっとだけ涙を滲ませながら歯噛みした。



「まぁ、でも」



 少女は、気を取り直すように身体を俺に向けて言葉を紡ぎ出した。


「怖くても、不安でも、諦めたくなくても」


 ―――少女の目に、初めて感情が浮かぶ。


「おじサンは、『夢』に向かって、毎朝『努力』してる。―――そのまま自分のやりたいように………夢を追いかけてもいいんじゃないかな」


 その感情の色は………きっと喜色だった。


「夢が叶うにしろ、諦めるにしろ………やってきたことはおじサンを裏切らないよ。―――何も不安に思うことなんてない」


「………」


 その言葉に、今度はオレが言葉を詰まらせる番だった。


「私知ってるんだから。―――おじサンが毎朝、ココで剣を振ってるの」


「は………? ちょっ………なんで………」


「私知ってるよ! おじサンがギルド併設の酒場で、じっと座って剣技の考察してるの」


「いや、なんでそんなトコロまで知ってんだ!? 嬢ちゃん花屋の子だろ!?」


「アハハー!!」


 少女は、無邪気に笑いながら、オレ座っているベンチから立ち上がり、駆け出した。


「今日はもう帰る! またねおじサン!」


 そうして、少し離れたところで振り返ると、オレにそう告げて自分の家に帰っていった。


「………なんなんだったんだ?」


 無感情な瞳だったと思ったら、大人びたことを言って―――それでいて、最後は年相応の子どものように、無邪気に走り去る。


 少女のことが分からず、少し茫然としていたオレは、


「まぁ、いいか」


 再び、夜空を見上げた。


「―――オッサンにファンタジーは難しいが………もうちょい頑張るかぁ」


 満点の星空が、オレを見下ろしていた。

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オッサンにファンタジーは難しい。 珠積 シオ @ChishimaSio

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