Departure 回想モード

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差出人:柊周 <amane_hiiragi211@xxx.jp>

件名:21世紀ライフツアー回想モードの件

宛先:21世紀の同朋


 やあ同朋、久しぶり!

 ちょっとどころか大分間が空いてしまったね。許してくれ。

 この2ヶ月ほどの間、色々なことが立て続けに起こってね。

 時間がないので手短に記そう。

 僕は21世紀のライフツアーに20回挑戦し、20回バッドエンドを迎えてしまった。

 笑ってくれていい。

 でもね、凪雫さんというVRLのカリスマがいるんだけど、彼女ですら9回のバッドエンドを迎えたんだ。10回目でクリアしたのはさすがとしかいいようがない。

 しかしそのクリアに関しても、何か特殊な初期設定をしたようで、納得のいく内容ではなかったらしい。

 この21世紀というシナリオは何かが違う。特別なんだ。いや、おかしい。

 一度しかない試験にあの妙な設問、合格者は僅か4人で天才プレイヤーの凪さんですらバッドエンドを連発する。こんなのまったくもって普通じゃない。

 だから僕はこのシナリオをクリアすることを諦め、凪さんと一緒に『回想モード』へ飛ぶことに決めた。この先何が起こるか分からないからね。

 一足先に『回想モード』へ飛んだとされるふたりのプレイヤーも、どうやら一緒に行動しているらしい。

 そのふたりは夜久昴さん、朝来野春さんという名前で、凪さんほど有名ではないけれど、GTPはハイレベルだといっていい。

 彼らがネットに情報を上げた形跡はない。

 まあ僕らも上げていないけどね。それはこのイレギュラーの謎を解かない限り、安易に当事者が情報を出すべきではないという判断からで、先のふたりも恐らく同じように考えていると思う。だから確かなことは何も分からないのだけど。


『回想モード』に同行する次元立会人は、霧靄霞という風変わりな名を持つアンドロイドなんだけど、何だか親しみが湧いてしまってね、カスミンと呼ぶようにしたんだ。

 その愛称が気に入っているのかは分からない。だって基本、無表情なんだもの。でも少しずつ何かが変わってきている気がする。そりゃまあ、20回も顔を合わせているのだからね。普段気づかないところも見えてきているのかもしれない。

 そうそう、カスミンが21世紀シナリオ専用の次元立会人だって知ったときはちょっと驚いたな。何から何まで特別なんだな、この21世紀シナリオは、ってね。

 凪さんもカスミンの微妙な変化には気づいているようで、少なからず関心を寄せている。

 カスミンには何かとても不思議な魅力を感じるんだ。だからそれをもっと引き出してあげたいって思う。

 ちなみに僕はアンドロイドにも感情はある派。あまりいないけどね、そういう人。

 ということで、一度もクリアできずに『回想モード』へ行くことは不本意だけど、謎解き要素も増えて今はとてもワクワクしている。

 いやいや、これは負け惜しみじゃないよ! 本当にそう思っているんだ。

 回想モードから戻ったらまた報告するよ。

 ではまた!


 I.W.0097.6.20


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 ……

 …………


「何を書いているの?」

 ライフ・ツーリストの聖地、カフェ&バー『異空間』の特設VIPルームで、『回想モード』の出発を待つカリスマツーリスト凪雫は、いつになく真剣に端末をいじるクリア未達の初心者プレイヤー、柊周に訊ねた。

「……えーっとですね……まあ、メールです」

「けんか売ってる?」

「す、すみません! あの、笑われるかもしれませんが、21世紀に住む人へ向けて書いています。21世紀というのはその、過去ですね。だから過去へメールを書いていることになります」

 言いたいことがまとまらず、かえって意味が通じない回答となってしまった。

「君、それ面白いを通り越しておかしいと思うけど……」

「……僕の自己満足です。僕はこの時代に生まれて、こうしてVRLを楽しめることがとても素晴らしいと思っていて、だから、世の中が乱れていたという21世紀の人に、未来はこうなるから希望を捨てないでねって、伝えたいと思ったんです。いつの日か、今回のように唐突なことが起こって、過去にメールを送れる日が来ないとも限りません。その日のために、今感じることをそのまま書き留めているんです」

 柊は落ち着きを取り戻し、過去に向けたメールを書く理由を説明した。

「……先ほどの言葉は訂正しよう。柊君は存外ロマンチストなんだね」

「何言ってるんですか、VRLプレイヤーなんてみんなロマンチストですよ、多分。だってロマンそのものじゃないですか、こんなシステム」

「なら私もロマンチストってことかしら。そんなこと意識したこともなかったわ」

「ええ。凪さんはロマンチストのカリスマですから!」

「けんか売ってる?」

「すみません……尊敬しています」


 ふたりの談笑を無表情で、いや、よく見ると微かな笑みを浮かべて眺める霧靄霞の姿がそこにはあった。

「凪さん、柊さん、これより21世紀ライフツアー回想モードへと入元します」

 VIPルームに設置された専用カプセルの中に、柊、凪、そして霧靄が並んで横たわっていた。

「いよいよね」

「……はい」

 カプセルの蓋はゆっくり閉じられ、光の一切が遮断された。瞼の奥に焼き付けられた残像がゆらゆらと漂い、深い水の底へと落ちていくように意識の扉は閉じられた。

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