第5話 誘惑の罠

 旅を続けるレオとセリーナの背後には、ゾルドの手先が忍び寄っていた。彼らはゾルドから報酬を約束され、二人の「運」を奪い取るために動いていた。


 ある夕暮れ時、レオとセリーナが休息を取っていると、黒いローブに身を包んだ一団が森の中から現れる。彼らは「運を換える商人の代理人」と名乗り、穏やかな口調で二人に語りかけた。


 「あなたたちの夢、すぐに叶えたいと思いませんか?運を金や力に変えれば、それは可能です。」




 その言葉にセリーナの心が揺れた。彼女の頭に浮かんだのは、失った家族と平穏な暮らし。ゾルドがもたらした不幸から逃れたいという気持ちが、一瞬、彼女を弱らせた。


 「夢が叶う……?」

 セリーナの声は震えていた。その様子に気づいたレオは警戒を強めた。


 「そんな甘い話が本当なら、どうして世界中の人が幸せにならないんだ?」

 レオが毅然と問い返すと、代理人は不敵な笑みを浮かべた。


 「この世には、強者だけが幸せをつかむ資格がある。運を正しく使うだなんて偽善だよ。お前たちも、夢を叶えるためにもっと賢くなるべきだ。」




 代理人たちの言葉に、セリーナの心がさらに揺れた。過去の記憶が彼女の心を縛り付ける。家族を失った悲しみと、もう二度と同じ思いをしたくないという恐怖が、彼女を誘惑へと引き込もうとしていた。


 「もし……もし運を少しだけ使って、私の夢が叶うなら……」

 セリーナが呟いたその瞬間、レオが彼女の手を強く握った。


 「セリーナ、目を覚ましてくれ!それはゾルドの罠だ!」


 彼の声は真剣そのもので、セリーナの目をじっと見つめていた。




 「君が運を短絡的に使ったら、それは君の未来だけじゃなく、君が守りたい人たちの未来まで壊すことになるんだ。」


 レオの言葉はセリーナの心に深く響いた。彼女は涙をこらえながら、過去のトラウマに向き合おうと決意する。


 「でも……怖いの。家族を失った時のことが、どうしても頭から離れなくて……」


 レオは静かに頷き、彼女を支えるように話し続けた。


 「恐れは誰にでもある。けど、恐れに負けて運を使い果たしてしまえば、君が本当に叶えたい夢は遠ざかる。それをゾルドは狙っているんだ。」




 セリーナは代理人たちを見つめた。その目には揺るぎない意志が戻っていた。


 「私は……運を使わない。自分の手で夢を叶えるために努力する。」


 その言葉に、代理人たちは表情を歪めた。


 「後悔するぞ。お前たちのような弱者に、夢を叶える力はない。」


 しかしレオが一歩前に出て、毅然と言い返した。


 「弱者かどうかは関係ない。運を正しく貯め、正しい時に使う。それが本当の力だ。」




 代理人たちは一旦引き下がったものの、レオとセリーナに対する執着を強めた。彼らは次なる手段を考えながら森の奥へと消えていった。


 その後、二人は静かな湖のほとりで休息を取った。セリーナはレオに感謝の言葉を伝えた。


 「ありがとう、レオ。あなたがいなかったら、私はきっと誘惑に負けていた。」


 レオは微笑みながら答えた。


 「僕たちはお互いを支え合うためにいるんだ。だから大丈夫だよ、セリーナ。」




 この出来事を通じて、セリーナは運を短絡的に使うことの危険性を痛感した。運は簡単に手に入るものではないし、それを乱用すれば、必ず代償を伴う。


 「運を正しく使うというのは、自分だけじゃなく周りの人を幸せにするためなんだね。」

 セリーナの言葉に、レオは力強く頷いた。


 「その通りだよ。だからこそ、僕たちはゾルドを止めなければならない。」


 こうして二人はさらに深く結束を固め、ゾルドを阻止するための旅を続けていく。運を貯め直すだけでなく、その正しい使い方を学びながら、彼らは試練を乗り越えていくのだった。

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