話:ここではないどこかへ、少女は真っ白な本から顔を上げて、

「主人公になりたいなら、アンタは少し魅力的になるべきね」


「魅力? ワタシのこの溢れ出る魅力が」


「アンタには、主人公として読者を強烈に惹き付けるような「何か」が何ひとつもない」


「ちょ、話を……え、というか、「何か」って、それって必要なことかしら? ワタシはワタシの好きなように物語を描きたいだけよ」


「それがダメだって言ってるの。いい? 主人公ってのは、ただフラフラして好き勝手にわがままばっかり言ってても魅力的には見えないわ。ぬるい馴れ合いで中途半端にバンド活動しながら、金ヅル彼女にひたすらDVかますようなクソニートが主人公の物語を誰が読もうって思うわけ?」


「ちょっと何言ってるかわからないです」


「とにかく、主人公はひとつでもいいから、誰かに共感されるようなぶれない信念を持っているべきなのよ」


「そんなの、ワ、ワタシだって」


「アンタのは成り行きでしょ? 何も知らないから、何も覚えてないから、何も持ってないから、自分を知るために世界を巡る。そんなのはね、誰でもそうなの。みんな世界のことなんて何も知らないし、意識高そうな奴らは自分探しの旅だってするわ」


「う」


 びっくりするほどぐうの音も出ない。


 確かにそうだった。成り行き任せで世界を巡ろうとしていただけで、はたして、そこにワタシにとっての真のテーマは存在しているのかしら。


 それなら、この街で仕事を見つけてささやかな日常を過ごしても、それはそれで、それなりの物語になるかもしれない。どうして、ワタシは世界を巡る物語にしたいのかしら。


「私だってね、こんなメタ的なことは言いたくないわよ。それでもね、アンタが歴代の主人公候補だった異世界転生者に比べて、あんまりにも惨めったらしくて何の魅力もなくて、さっぱり共感できなくて、ちっぽけで弱っちくてね、そりゃ、文句のひとつも言いたくなるわよ」


「ひ、ひどすぎる」


 そこまでボロクソに言われるとは思ってもみなかった。ワタシはただ自分の正体が知りたかっただけなのに。どうして、突然現れただけの女神と自称するようなルクシフィーナ様にこんなに言われなきゃいけないのかしら。


「そ、それじゃあ、どうすればいいのかしら?」


「あら、そうね……、」


 縋るように上目遣いで思わず発してしまったワタシの言葉に、ルクシフィーナ様がにやりと笑った気がした。彼女の良からぬ策力にまんまとはまっちゃったのかもしれない。なにか嫌な予感がした。


「アンタがどうしても主人公になりたいなら、私の言うことを聞くべきね」


「そんなことだろうと思った。それで、ワタシは何をすればいいのかしら?」


「この世界を脅かす存在、魔王を倒しなさい」


「まあ、この世界には魔王もいるの?」


 魔法があって、女神様がいて、魔王もいるなんて、この世界はとってもファンタジーみたいだわ。そして、確かにとっても主人公っぽい。それでも、まだ世界観は掴みきれていない。


「そんなの当たり前じゃない。そうじゃなきゃ、異世界から転生者なんて……って、そっか、アンタは転生者じゃなかったわね」


 異世界から転生者を呼び出して魔王を倒してもらう。なんて他力本願で無責任な女神様かしら。と、思ったけど、きっと女神様が不機嫌になるから胸の内にしまっておいた。もしかしたら、女神様に選ばれしこの世界の勇者様なんかじゃ太刀打ちできないような物凄く強大な存在なのかもしれない。


「そうだ、そうと決まれば旅の仲間が必要じゃない?」


「ワタシ、まだ魔王を倒すなんて言ってないわ」


「そうじゃなくって、しょーもない自分探しでも、魔王討伐の旅でも、ちょっとした小旅行でも、とにかくこの街の外に出たいなら頼れる仲間は必要よ。魔物やら山賊やら女の子の旅にはキケンがつきものなんだから」


「ふーん」


 一応ワタシのことも心配してくれている……ってことでいいのかしら。そこはちゃんと女神様なんだなって、なんとなくほっこりした気持ちになる。


 そして、いまいちピンとこなかったけど、この世界の女神様が言うのだからそういうものなんだろう。女神様なんだから、そういうのをなくしてくれてもいいのに、とは思ったけど、なんとなく黙っておくことにした。

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彩る世界の透明幻想錯綜少女基底 かみひとえ @paperone

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