話:なんだかそれが無性に気になった
女神、ルクシフィーナ様はまたうんざりとため息を吐くと、ようやくワタシの顔から手を放した。あまりにも緊張感ある至近距離すぎて、その瞳にワタシの姿がどう映っているのか確かめる余裕もなかった。だって、あんまりにも大きくて綺麗で本当にサファイアみたいだったんだもの。
「それにしても、アンタみたいな異物、はじめて見たわ」
「それってとっても失礼な言い方じゃないのかしら?」それとも、この世界ではそうじゃないのかも?
だけど、女神様はワタシの話なんてこれっぽっちも聞いてなくて、あまりにも整い過ぎている細い顎に人差し指を当てて、何やら難しそうな表情でぶつぶつと考えごとをしていた。
女神様が直々に目の前に現れたっていうのに、ワタシは異物と呼ばれている。完全にワタシへの興味を失っちゃっている。どうやら、ワタシは女神様のご期待には沿えなかったみたい。はたしてどんな期待をしていたのかはあんまり聞きたくはない気がしたけど。
「異世界からの転生者なら私の管轄だし、そういうものならわかるはずなのに」
静止した近くの人をツンツンする勇気もなく、その場から離れるのもなんか違う気がして、仕方なく手持ち無沙汰で女神様の眉間の皺をなんとなく見つめていた。そんな怪訝な表情すら美しいのはズルい。さすがは至高の存在である女神様ってことかしら。
「ワタシにも何がなんだかさっぱりわからないの。アナタがこの世界の女神様なら何か知らないかしら?」
「それがわからないからアンタに直接訊いているんでしょうに」
女神様はワタシを人間だとかエルフだとかそういう定義すらしなかった。ワタシは依然として正体不明の、そう、女神様に言わせれば、異物、であるらしかった。それなら、ワタシが創った世界でワタシが異物ってどういうこと? 謎は深まるばかりで、どこにどう深まっているのかすらわからない。わからないことがわからないなんて本当にあり得るのね。
「もうッ、アンタが鈍感系物分かりのいい主人公ならもっと話は早いのに」
「アナタは何を言っているのかしら? もっとワタシにもわかるように話してちょうだい」
さっきからずっと的を射ていないのだろう、ワタシとの不毛な会話に女神様もげんなりしてきたようだ。ワタシだってワタシがなんなのか知れるのなら知りたい。だから、それはお互い様だともちょっと思ったけれども口に出すのはやめておいた。それこそ、不毛な争いだから。
「ワタシがこの世界を創ったの、た、たぶんね。でも、自分が何なのかわからない。だから、この世界を巡ってワタシのことを知りたいの」
「何をおバカなことを言ってるのよ。この世界を創造したのは、この私よ」
必死にそう訴えたのに、ふんッと鼻で笑われた。たった今思い付いたけれども、大事な大事なワタシの物語のテーマなのに、こんなに軽々しく流されるなんて思ってもみなかった。世界を巡って自分のことを知る、なんて、ああ、なんて壮大で、哲学的で、ハートフルな物語のはずなのに。
「あのね、アンタはこの世界にとっての異物ってだけで、なにも、特別な存在、ってわけじゃないのよ」
ルクシフィーナ様はしゃらんとたくさんの装飾を鳴らしながら屈むと、ワタシの細い肩にそっと両手を置く。まっすぐにワタシの目を見ながら、うんざりとため息まじりな女神様の言い方はまるで、聞き分けのない小さな子どもに言い聞かせるように、ゆっくりと丁寧で、なんだかイラっとした。
「そ、そんな、ワタシがこの世界を創ったっていうのに?」
「アンタはただのモブの少女Aであって、それ以上でもそれ以下でもないわ。それこそ、この世界には何の影響も及ぼさないような、ただの空白よ」
というわけで、この世界におけるただの塗り忘れでしかないワタシは、だからこそ、異物、なのだろう。なぜならば、この世界に存在する限り、どんなものでも少なからず何かしらの影響を与えるはずだからだ。
ワタシの存在は真っ白で、何もなかった。
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