六華の護睡

安崎依代@1/31『絶華』発売決定!

前段

 この雪が、ずっと溶けなければいい。




  ❖  ❖  ❖




 一面の雪原に、音はなかった。


 全てが凍てつき、死に絶えた世界の中で、あずさがゆっくりと呼吸する微かな音だけが耳に届く。


 神楽舞に臨む巫女のように巫女服の上から千早を纏った梓の右手には、抜き身の日本刀が握られていた。細い体に不釣り合いな大業物は、周囲の雪が反射する光を吸い込むかのように静かに光を湛えている。


 フゥ、と、小さく息をひとつ。


 同時に、蒼い瞳を開く。


 さらに次の瞬間、梓は予備動作を一切見せることなく、右腕の刃を振るった。


 同時にガキンッと鼓膜を引っ掻くような不快な音が響き、梓の右腕に重い衝撃が走る。


「よぉ」


 同時に視界に映り込んだのは、深く笑みを湛えた朱殷しゅあんの瞳と、煤のように濁った漆黒。


「今年も会ったな、不香ふきょうの巫女」


 酷く親しげに声を掛けてくるくせに、突如現れた男の手には、梓が手にした物以上に大振りの日本刀が握られている。その刃で梓に鍔迫り合いを仕掛けながら、男はなおも親しげに梓へ言葉を投げかけた。


「息災なようで何よりだ。俺ぁ一年に一回あんたに会うのが、ここ最近の唯一の楽しみなんでね」


 二振りの刃越しに間近でその言葉を聞いた梓は、男に答えないまま刃を振り抜いた。梓に振り払われた男は、力に逆らうことなくフワリと後ろへ下がり、楽しそうに刃を肩へ担ぐ。


「さぁさ、今年も楽しく殺し合おうじゃねぇの」


 その言葉に、梓は表情を変えず、言葉も発さないまま、ただユラリと刃を構えた。


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