(20)宿命継承

 ルシウス・ヴァルドの執務室は、月面都市ルナフロントの中心に位置し、その威容は彼の絶対的な権威を象徴していた。壁一面のガラス窓越しに、青く輝く地球と荒涼とした月面が広がり、部屋全体が静寂と冷気を湛えている。床には高精度のカーボン素材が敷かれ、無駄を許さない設計が施されていた。


 中央には、完璧に整理されたデスクが置かれている。そこに座るルシウスは、銀白の髪をきっちりと整えた姿が印象的で、その鋭い眼光は部屋の広さをも超えて空間を支配しているかのようだった。


 デスクの横に立つのは、ヴァイオレット・レンフィールド。黒と紫のスーツに身を包み、冷徹な眼差しでタブレットを操作する彼女の姿は、まるで正確無比な機械のようだ。顔に感情は浮かばず、その動き一つ一つが無駄なく洗練されている。


「ルシウスCEO。行方知れずとなっていた御令嬢の行方が判明いたしました。」

 彼女の冷静な声が静寂を切り裂く。


 ルシウスはゆっくりと顔を上げた。その瞳に一瞬だけ浮かんだ緊張が、顎に手を添える仕草で隠された。

「続けてくれ。」


 ヴァイオレットはタブレットを操作しながら、冷徹な口調で報告を続けた。

「ルナフロントを飛び立った船が消息を絶っておりましたが、日本の和歌山という地域でご令嬢の無事が確認されました。ムーンギアバトルで優勝した選手の付き添いとして映像に映っており、解析の結果、99.99999%の精度でご令嬢本人であることが判明しています。」


 ルシウスの目がわずかに細まる。その声は平静を装っていたが、内に秘めた安堵の色は隠しきれなかった。

「無事だったか。」


 ヴァイオレットはその反応を一瞥しつつ、間髪入れずに続けた。

「ただし、ご令嬢が持ち出した機体、ルミナスフローラは確認されておりません。付近の海域に沈んだ可能性が高いと推測されています。」


 ルシウスの眉が僅かに寄った。その鋭い瞳には、哀しみと未練の色が微かに浮かぶ。

「あれは…大切な機体だ。妻の形見でもある。至急、海から引き揚げろ。ルナリウム装甲で再構築し、最新の兵装を加えて娘の元へ届けさせろ。だが、ルナドライブにはリミッターを確実に設定した上でだ。」


 ヴァイオレットは即座に頷き応じたが、次の瞬間、疑問を含んだ表情を浮かべた。

「届ける…とは?」


「娘は私の元を抜け出し、亡き母の形見まで持ち出した。それは私への明確な意思表示だ。」

 ルシウスの声には微かな笑みが混じっている。その言葉は、威厳とある種の寛容を兼ね備えていた。

「いいだろう。その意思を尊重しよう。」


 ヴァイオレットは彼の意図を理解しようとするかのように、冷静を装いながら問いかける。

「つまり、ご令嬢がムーンギアバトルに出場されることを見守るというお考えですか?」


「その通りだ。」

 ルシウスは椅子にもたれかかり、視線を遠く地球へ向けた。


「ムーンギアバトルは、一対一で終わらず二対二へ、そして最終的には三対三へと進む。娘は必ず出場してくるだろう。ならば、どこまで登れるのか見届けるのも一興だ。そして、我が社の最新機体が勝ち進めば、それ自体がルナヴァルド社の技術力を全世界に示す証明となる。もっとも、我が社の地位は既に揺るぎないがな。」


 ヴァイオレットは軽く眉を上げた。その思考の一端を読み解いたように、冷徹に頷く。

「適切な準備を進めます。」


「頼む。」

 ルシウスの声には確固たる意志が込められていた。彼の瞳は未来の戦いを予見しているかのように鋭く輝いていた。



──



序章『廃鋼の叛逆機』閉幕


次なる戦場は、神戸港


ルナリウムが輝き、青白い光と共に戦慄を解き放つ



──

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