(12)鋼機奮戦

 サイレンが鳴った瞬間、頭の中が真っ白になった。心臓が喉元まで跳ね上がる感覚に、全身が凍りついたようだった。ロードラストのコックピットにいるのに、自分の手足がどこか遠く感じる。操縦桿を握る手は汗で滑りそうで、目の前のディスプレイに映る相手機体から視線を外せなかった。


 目の前には、赤と黒のツートンカラーに巨大な翼を広げたマルドウィング。その派手すぎる外見はアリーナ全体で一際目立ち、その分だけ威圧感が半端ない。


「やるしかねえ…。」

 呟いたものの、震える手は止まらない。操縦桿を握り直しても、不安が体を縛りつけているのがわかる。操作を間違えたらどうしよう。そんな考えが頭を支配していた。


 突然、マルドウィングが動いた。翼を大きく広げたその金属表面がライトを反射して、視界が一瞬白く染まる。驚きに息を呑み、慌てて操縦桿を引いたが、タイミングがズレてロードラストはぎこちなく後退する。


「あ、ちょっ…!くそっ!」

 ぎこちない動きに冷や汗が滲む。観客席から笑い声が聞こえたような気がして、恥ずかしさで顔が熱くなる。


 その隙に、マルドウィングが槍を構えて突進してきた。赤黒い影がディスプレイ越しにどんどん大きくなる。鼓動が一層激しくなり、喉が詰まるような感覚に襲われた。何とかしなきゃ。操縦桿を強く押し込むと、ロードラストが横にスライドする。


「避けた…?」

 槍が空を切り、マルドウィングが勢いよく通り過ぎる。その背中を見ながら、一息つく余裕が生まれた。


「動きが、思ったより単純だな…。」

 自分でも驚くほど冷静な声が漏れる。さっきまでの緊張が、少しずつ溶けていく。操縦桿を握る指先にも力が戻ってきた。右腕のドリルスイッチに手を伸ばし、回転を始めたドリルの重い振動がコックピット全体に伝わる。


 再びマルドウィングが突進してくる。その派手な動きは目立つが、どこかぎこちない。俺はロードラストを左右に滑らせながら、その動きをじっくり観察する。


「いける…!」

 胸の奥から湧き上がる確信に、全身が反応する。エンジンが低く唸り、操縦桿を握る手に自然と力が入る。ロードラストの巨体が加速し、振動が全身に響く。赤と黒の装甲が迫り、ライトに反射する光が目を刺す。


 マルドウィングの翼が視界を横切る瞬間、操縦桿を一気に倒す。ロードラストが鋭く左にスライドし、その勢いを活かして右腕を振り上げる。唸りを上げるドリルが加速しながらマルドウィングの脚部に突き刺さる。


「よし…!」

 金属が裂ける鈍い音が響き、ドリルの抵抗が一気に軽くなる。赤黒い装甲が剥がれ、破片がディスプレイの端で散っていく。脚部の損傷に耐えられず、マルドウィングがぐらりと傾く。


「まだだ!」

 操縦桿を握り直し、ドリルをさらに押し込む。激しい振動が手元に伝わり、脚部が完全に崩壊していく。巨体が大きくバランスを崩し、そのまま地面に倒れ込んだ。


 観客席から歓声が沸き上がり、ディスプレイに行動不能となったマルドウィングの姿が映し出される。アリーナ全体が熱狂に包まれる中、アナウンスが響いた。


「マルドウィング、バトル続行不能と判断!勝者、リュウト選手!」


 ようやく緊張が解け、全身の力が抜けていく。ロードラストのコックピットに静寂が戻り、俺は深く息をついた。


「くっそ、こんな短時間でやられるなんて…!」

 相手の悔しそうな声が響く。ディスプレイに映るその顔には悔しさが滲んでいたが、目には再挑戦の光が宿っていた。


「次はもっと強くなってやる!」

 その言葉に、胸の奥が少し軽くなる。負けても諦めないその姿に、どこか救われる気がした。


 ロードラストの操縦桿をそっと離し、観客の歓声に包まれる中で静かに呟いた。

「俺も、ロードラストも、もっと強くなる。」

 次への決意が、熱い灯のように胸に灯っていた。

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