(6)無敵幼馴

 ロードラストのメンテナンスをしていると、夜の冷たい空気が肌を刺すようだった。トレーラーの荷台でぼんやりと作業をしながら、俺は窓の外に目をやる。月明かりに照らされたロードラストの姿が、どこか誇らしげにも見えた。この機体、あの頃のただのゴミとはもう違う。俺とアヤカの汗と涙――それにいくつもの夜更かしが詰まった結晶だ。


 だが、さっきのルナの話が、頭の中に妙にこびりついて離れない。月から来たとか、機体が海に落ちたとか、普通に考えたら作り話なレベルだろ。でも、あの必死な目は…どうなんだ?


「リュウト!ちょっとこっち来なさい!」


 突然、背後からアヤカの怒鳴り声が響いた。


「なんだよ、急に。帰ったんじゃなかったのか。」

 俺は工具を置きながら振り返る。アヤカが全速力で駆け寄ってきた。息を切らしていて、その顔にはいつもの余裕はない。


「ルナちゃん、泣いてたわよ。一人で!」


「泣いてた?」

 思わず聞き返す俺。


「そうよ!あんたがあんな冷たいこと言うから!ムーンギアバトルの話、全然聞く気ないじゃない!」


 いやいや、冷たいって言われてもな。月から来たとかそんな荒唐無稽な話、普通に信じられる方がおかしいだろ。俺は反論しようとしたが、アヤカが容赦なく続けた。


「あたしを三ヶ月も修理に付き合わせた機体、せっかく動くようになったのに、活躍させる気もないなんて何考えてんの!」


「活躍って…簡単に言うけどさ、バトルなんて負けたら壊れるだろ。」


「さっきも言ったけど、壊れたら壊れたでいいじゃないの。元々ジャンクだったんだし!」


 その言葉に、俺はムッとした。元々ジャンク。確かにそうだけど、今のロードラストは違う。ただのゴミと一緒にされたくない。俺たちがここまで仕上げた、この機体を。


「…でも、バイトだってあるし、母さんのことだって─」


「だからよ!」

 アヤカの声が被さってくる。「勝てば賞金が出るんだから!そしたらあんたのお母さんの負担も減らせるじゃない!だって、あんたのとこ、お父さんいなくて、お母さん、いつも働きっぱなしでしょ!」


 その言葉に、一瞬息が詰まった。母さんの負担。俺がずっと頭の隅で気にしていたことを、アヤカがズバリと言い当てる。


「賞金、ね…」

 俺はつぶやいた。


「それに、もし負けたとしても、あたしがまた最初から付き合ったげるから!軌道エレベーターでいくらでもジャンクは降りてくるんだから、壊れたらまた次がある!」


 アヤカは腕を組み、得意げに笑った。簡単に言いやがる。


「…お前、簡単に言うけどな——」


「簡単にじゃないのよ!」

 アヤカは俺の前に詰め寄り、真剣な目で続ける。「それにね、もうあんたが断る余地なんてないの!」


「は?どういうことだよ。」


 アヤカは口元に不敵な笑みを浮かべた。


「もうエントリー済ませたわよ!あんたの名前で!」


「…おいおい、マジかよ。」


「マジよ。」

 アヤカは満足そうに笑った。「あんたの個人情報も、ロードラストのデータも、全部提出済みだから!幼馴染をなめんな!」


 …幼馴染ってのは、こんなに強引で無敵な存在だったのか。


「…お前なぁ。」

 俺は深いため息をつき、頭をかきむしる。そもそも断る選択肢なんて最初からなかったんだろう。


 目の前にはロードラスト、そして満足げなアヤカの顔。頭の中には、ルナの切実な表情が浮かぶ。まるで、逃げ場がどこにもない。


 こうして、俺のムーンギアバトルへの道は、強引かつ予想外な形で開かれることになった。

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