(5)月影懇願

「ここは…?」

 ベッドの上で目を覚ました銀髪の少女が、小さな声でつぶやいた。部屋をきょろきょろと見回している。なんだか、夢から覚めたばかりの子どもみたいだ。


「目が覚めたか。」

 俺は壁にもたれながら声をかけた。隣ではアヤカが腕を組んで彼女をじっと見ている。なんだその探るような目つき。


「ここは俺んち。服がボロボロだったから、アヤカが着替えを用意してくれた。」


「そ、そうだったんですね…。ありがとうございます…。私、ルナといいます…」

 声がかすかに震えている。怯えた目が一瞬こちらを見たあと、すぐ下を向いてしまった。


「ルナね。」

 アヤカが少し視線を鋭くする。「で、一体何者?」


 単刀直入だな、おい。もっと回りくどく聞けないのか? 俺が心の中でツッコむ間もなく、ルナが一瞬ためらい、口を開いた。


「訳あって…月から逃げてきたんです…」


「月?」

 アヤカが椅子をギシッと揺らす。驚きすぎだろ、その反応。椅子が悲鳴を上げてるし。

「ちょっと待って、いきなり何言ってんの?」


「月面都市ルナフロントから――」

 言葉を切り、窓の外をじっと見つめた。その視線の先には、浜から持ってきたロードラストがある。


「あの機体…動くんですか!?」

 ルナの声が一段高くなる。目が驚きでまん丸だ。


「ああ、動くようにした。」

 俺は肩をすくめる。まぁ、動かすまでが死ぬほど大変だったけどな。


「ほんと、ジャンクからここまで持ってくるの、大変だったよね!」

 アヤカが肘で俺をつついてくる。


「すごい…」

 ルナは感心したように呟いた。その目が俺たちを見て輝いている。「ムーンギアを修理して動かせるなんて、本当にすごいです!」


 そのキラキラした目に、俺は少し居心地が悪くなった。いや、褒められるのは嬉しいけど、なんかこう、過剰というか…。


「でしょ!」

 アヤカが得意げに胸を張る。「私たち、案外いいチームなんだよね!」


 その時、ルナが真剣な表情になり、俺たちに向き直った。

「あの…お願いがあります。その機体でムーンギアバトルに出場していただけませんか?」


「は?」

 言われた瞬間、頭に疑問符が大量発生した。「ロボット大会だろ? なんで俺たちが?」


「…どうしても必要なんです!この機体が唯一の希望なんです…!」ルナは俯きながら懸命に言葉を紡ぐ。


 唯一の希望ってなんだよ。月から来たとか言われても、まだその話すら飲み込めてないってのに。


「月から来た割には話が地味じゃない?」

 アヤカが冷ややかな目を向ける。まぁ、言いたいことは分かるけどな。


「それでも…どうしてもお願いしたいんです。」

 ルナは声を張り上げたが、すぐにトーンを落とす。「私の機体は…海に落ちましたから。」


 なるほどな。それで俺たちの機体に目をつけたってわけか。でも、いきなりバトルに出ろなんて、普通の感覚じゃないよな?


「ねぇリュウト、どうする?」

 アヤカが俺を見る。


「…どうするって言われてもな。」

 窓の外のロードラストを眺める。壊れてもまた直せばいい――そう思ってたけど、この妙な引っかかりはなんだ?


「じゃあ出ようよ!」

 アヤカが立ち上がる。「せっかく動くようになったんだし、試すチャンスじゃん!」


「壊れたらどうするんだよ。」


「直せばいいでしょ!」


 俺はため息をついた。ルナの必死な顔とアヤカの乗り気な態度。その両方が、胸の中をざわつかせる。


「…まあ、考えとく。」


 アヤカは唇を尖らせたが、それ以上は何も言わず椅子に腰を下ろした。横でルナが小さく「ありがとうございます…」と呟く。その声には安心と焦りが入り混じっていた。


 彼女のその目が、これが単なる話で終わるわけないと物語っている気がしてならなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る