第29話 遠征
「よし」
『準備OK?』
「うん」
僕は今、遠方のダンジョンに来ている。
ここまでの道のりは自転車で2時間。
幸い極端な上り坂はなかったが、それでもそれなりの上り下りはあって、途中電磁波を感知して隠れたこともあったが、所詮は移動時間で、特別なことはなかった。
到着した場所はやはり山道のわきを踏み入った場所で、僕は自転車を近くに隠し、今はダンジョンに入ったところの広間に腰を下ろして休憩中だった。
足が疲れていること、探索に時間がかかることを考えて、実はひと眠りしようとしたが、緊張感からか目がさえていたので、30分ぐらい横になって目を閉じていただけだ。
荷物を再び背負い、武器も装備して万全の状態でスタート。
現在時刻は夜11時過ぎ。
夜が明けるぐらいまでには何とかしたい。
「そうか……こういうタイプなんだ……」
入口広間が見慣れた洞窟タイプのそれと同じだったため、まさかこんな環境だとは思わなかった。
床はコンクリート造りでちょっと狭い3mぐらいの道幅、左右の壁があるあたりには水が張られていて、どちらも遠くの方に壁らしきものがある。
そして、その左右の遠くにある壁の上部から際限なく水が流れ落ちてきている。
「確かに一番近い施設と言えばダムだけど、ちょっと距離があったと思うんだけどなあ……」
両側から流れ込んでくるならダムとしても機能していないだろう。表面上の雰囲気をなぞっただけだ。
水位が上がるかと警戒してしばらくその場で眺めていたのだが、そういう様子もない。
「いけそうだね」
『多分水からだから注意してね』
それはそうだろう。
きっと水関係のモンスターが出るに違いない。
水分が多い敵は大歓迎だ。
しばらく歩くと、水音とともに、何かが飛んでくる。
足場は余裕がある、ここは一回かわそう。
今の能力ならこれぐらいの速さには充分対応できる。
回避して敵の姿を見極め、そして気づく。
「うわっ、そういうことか……」
敵は魚だった。
そして飛んでくるのにつられて水滴も飛んできて、僕の足元を濡らす。
これは、いずれ滑って動きが取れなくなるという仕組みだろう。
『当てられる? いったん受け止める?』
「ちょっと辛いかも」
要は、飛んでくるボールに毎回当てられるかということだから、それが時速150kmでなくても難しい。僕に野球の経験はない。
「来るよ!」
エリスが指さす方角を見ると、さっきの魚が反対側から飛んでくる。
僕はそれに合わせてマイクロウェーブを飛ばす。
ちょっとずれたか……
だが、道を飛び越えて反対側の水に落ちた魚は、そのままぷかぷかと腹を見せて浮かんできた。
『ひとまず一発で倒せそうね』
「でも、倒してもその場に落ちてくれるわけじゃないからなあ」
慣性でそのまま飛んでくるのだから、攻撃を当てればこちらが安全になるわけじゃない。
受け止めるか避けるかは場合によるけれど、スキルと並行してやらないと……
いろいろなパターンを考えながら、僕は足を進める。
『左っ!』
(マイクロウェーブ!)
当たった。
若干勢いが落ちた魚をこん棒で叩き落す。
「トビウオってわけでもないね」
『どうやって飛んでいるのかしら?』
床に落ちた魚型モンスターを観察してみる。
多少細身だからサンマか何かだろうか……普通に食卓に並んでいるような魚だった。
『連続で来られると怖いわね』
「1匹でこれだもんね」
周囲はかなり水が散らばっていて、試してみると足が滑る。
一つ所に留まるのも危険だし、靴に着いた水滴も危ない。
「とにかく真ん中に寄って、索敵だけは慎重に行くよ」
僕は魚の死骸を越えてさらに先に進むのだった。
*****
「段々慣れてきたかも……」
『それは良かったわ』
それから5回の接敵を経て、何とか全部ダメージなしに対処できている。
そして、突き当りにダムの壁があり、そこに扉があった。
突き当りのダム壁からは水は流れ落ちていない。
「なんかショボい? 本当のダムにありそうだな」
『片開きだし、ダンジョンマスターの部屋ではなさそうね』
金属製のドアで、明らかに見た目が違う。
あの敵が弱かった裏山のダンジョンでさえ、両開きで装飾のあるドアだったことから一目で違うものだとわかった。
「多分大丈夫だと思うけど、注意して進むよ」
ガチャと開けたドアの先は、それまでと同じような風景だった。
「層っていわれてるから階段だと思ったんだけどなあ……」
『下り階段があったら水の底よ』
ごもっとも。
気を取り直して先に進む。
少し進み、敵を2回倒して気が付く。
「敵、変わらないね」
『それに、一匹ずつしか出てこないわね……もしかしてダンジョンの構造に凝りすぎてモンスターに回すリソースが足りないのかも』
「ああ、そういうパターンもあるんだね」
『わからない、でもさすがにボスは強いと思うわ』
「そうか……じゃあボス前でもしっかり休憩しよう……っと」
また魚が飛びこんできた。
僕は冷静に重要な部位をガードしながら、スキルを発動する。
「マイクロウェーブ!」
今のところ、今回の探索は順調だ。
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