第30話 ひらめき

 結局、苦も無くボス部屋前に到着した。

 あの後、地上型の敵として半魚人が2回現れたが、水分たっぷりの人型モンスターなど敵ではないので一瞬で終わった。

 死骸は気持ち悪かった。


「さすがに疲れた……」

『気の休まる場がなかったものね』


 やはり、足元の不安定さが一番の問題だった。

 道中で一番苦労したのは魚が2匹出てきた時だ。

 半魚人と魚はそれほどではなかった。先に半魚人を無視して魚に集中すればよかったからだ。

 なお、3体以上の同時襲撃が無かったことから、やはりこのダンジョンは環境にリソースを使いすぎ、という結論になりそうだ。


 時間は午前4時だったので、思ったより道中に時間はかかっていない。

 このまま行こうということで、僕は携帯ブロック食と水で休憩し、トイレを済ませてボス部屋に入る。


「和風か……」

『和風ね……』


 和風、水辺、モンスター。

 と来たら当然のごとく河童だった。

 

『素手、遠距離攻撃の可能性』

「了解」


 だが、まずは先手だ。

 マイクロウェーブを二連発、まずは狙いやすい胴体に撃つ。

 手足は細くて狙えそうになかったからだ。


「ゲフッ」


 ダメージはあったようで、腹を抑えている。

 が、それだけでは倒せていない。

 スキルの連発は練習しているが、なかなか回数が伸びない。

 連発しようとして何とも言えない悪寒を感じることがあり、そうなるともう無理だ。ちょっと時間を開ける必要がある。

 今は……まだいける!


「マイクロウェーブ……マイクロウェーブ!」


 なんとなくだが、スキル名を発音しないと持たないという直感があった。

 そうして考えると、やはりスキル名を言わない(無詠唱?)のは効率が悪いのだろう。

 多くのメリットがあるのだからデメリットもあっておかしくない。


 敵はそのまま前に倒れる。

 幽霊状態のエリスが慌てて近寄っていくことを考えると、倒せたのだろう。

 今回はイレギュラーが無くて良かった。

 しばらくするとボスが光に包まれて、そして……あれ?


「今回は変身しないの?」

『だって河童って裸なのよ。それともカナメは私の裸、見たい?』

「そ、そんなの別に見たくないよ……大体、河童の裸なんて人間と全然違うじゃないか」

『似た感じにもできるわよ、どうする?』

「どうもしないで結構です!」


 正直、家に天狗姿でいるときだってちょっと気を遣うのだ。

 せめて天狗面の下を見ていなかったら違うかもしれないが、同年代ぐらいの女の子が家で近くにいるというのは、手を出そうとか、そういう気持ち抜きにしても落ち着かない。


『ふーん、やっぱり……』「……こっちの姿の方がいい?」


 言葉の途中で、エリスが急にいつもの天狗少女姿に変わる。


「そういうのはいいから、一度休みたいんで構造変えてもらえる?」

「ソファでいい?」

「うん、あと小さいのでいいからテーブルも」

「はいはい、じゃあ……こんなものね」


 彼女が指を振ると、部屋が小さくなり、壁際にソファ、その前にローテーブルが現れる。


「はあ、疲れた……」


 僕はソファに腰を下ろして、背もたれに体を預ける。


「お疲れさま」


 隣にエリスが座って、僕に体を持たれかける。


「わざわざ隣に座らなくてもいいじゃないか」

「だってたくさん作るとリソースが足りなくなるし。座れるところはここだけなんだから」

「じゃあそれでいいからあんまり近寄らないでね。できれば穏やかに休みたいから」

「まだまだ子供だなあ、カナメくんは……あ、それとももっと小さいほうがいい? お母さんみたいに」

「なんでそうなるんだよ……」

「ほら、男の子って母の面影を持った女性に惹かれるってあるじゃない? だからカナメもちっちゃい子好きなのかなって……」

「それは宗崎家が代々ロリコンってこと?」


 念のため、あんなにちっちゃいのは母さんだけであるが、おばあちゃん、ひいおばあちゃんもあんまり背が高くないからあんまり否定できない。

 だけど、ロリコンなのは父さんだけだと思う。

 アマゾンの密林の資源探索で同行した時に飴玉を母さんにあげて仲良くなったというエピソードを聞いた時にはその疑惑が深まった。

危ない時に担いで逃げてくれたのが頼もしかった、という母さんのフォローはあったが、それは惚れた弱みというやつだから疑惑の払しょくにはなっていない。


「……まあ、今後いろいろ試して性癖を明らかにしてあげるわ」

「何に情熱を傾けているのやら……」


 正直勘弁してほしい。


「ところで、休まなくていいの? そろそろ夜明けよ」

「……もう明けてるかな……やっぱり半日休んでまた夜に移動かな」


 カップ麺を2つ持ってきているので、今一つ食べて、睡眠をとって出発前にもう一つかな。


「じゃあ、お湯お願いできる?」

「はーい」


 僕はリュックからカップ麺を取り出し、ビニールを破いてふたを開ける。


「あ、ちゃんと100℃でお願いね」

「わかってるわよ」


 そして、エリスは指からお湯を出してカップ麺に注いでくれた。

 水を出せるのはいいとして、温度も自由なのはどういう理屈なんだろう?

 水の温度はたしか分子の振動だったはずだから、熱を与えるのではなく熱湯を出せるのだとすると、分子操作能力があることになるのかもしれない。

 エネルギーを直接温度に変えるというのは一体どういう理屈なんだろうか?


 そこで、僕に突然ひらめきが舞い降りた。

 エネルギー……?

 僕は、ちょっと考えて右手を壁に向けて、スキルを発動させようとする。

 ……これは難しいな。

 2つ同時に使用することになるから、今までで一番の難易度かもしれない。

 慎重に手順をなぞり……


「えいっ」


 僕の手から飛び出した塊は、すごいスピードで飛び、壁に当たって砕け散った。


「えっ? 何をやったの?」

「うん……一回で成功するとは思わなかったけど……飛ぶ氷玉だよ」


 どうやら僕は新たな攻撃スキルを習得したようだ。

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