第23話 新たなスキル

「ねえ、エリスさん?」

「何?」

「わざわざその姿になる必要ある?」

「え? せっかくなんだからいいじゃない。私も風を顔で感じたいのよ」

「その顔のお面、風感じられるの?」

「まあいいじゃない、気分よ気分」


 騒ぎながら自転車に二人乗りして坂道を下りている。

 自分のマウンテンバイクは、実はお父さんからのお下がりで、その分高級なものらしいのだが、キャリアが後付けされている。

 お父さんは人類未踏の地にも足を踏み入れるプロの荷物運びだから、この自転車もそういう場所で使われた前歴があるらしい。

 そして、その重量物のためのリアキャリアは、今天狗に占拠されている。


「でも、そろそろ下り坂が終わるよ」

「あ、じゃあここまでか……」


 言って素直に幽霊に変わる。

 一人分の重量は軽減されたけれど、それでも上り坂はつらい。

 僕は汗だくになりながら家までの上り坂を進むのだった。



*****



「はあ、もうこんな時間か……」


 今までは、0時を過ぎることはなかったが今日はもうこの時点で2時だ。

 さすがに今すぐ倒れこんでしまうことはないものの、きつい運動をしたせいでお腹がすいた。


「カップ麺でも食べるか……」


 一層生活が乱れているが、とりあえずはここまでだ。

 あと5日後には両親がやってくるので、それまでの間に立て直そう。

 そう思って、台所で保存食を選ぶ。


「あ、私もお願い」

「うん、しょうゆでいい?」

「なんでもいいよ」

「そう……」


 そしてカップ麺を二つ取り出してビニールを破き、ふたを取ったところで気づく。


「食べれるの⁉」

「そりゃ、せっかく人型になったんだから」

「……てか、そのお面外れるの?」

「うん」


 そう言って、近づいてきたエリスは天狗の面を外した。

 なお、体格が小さく少女になったのと同様、素顔も少女のもので、別に鼻が長いわけではない。


「お面なんだから外れるに決まってるじゃない」

「いや……でも、ほら、なんか宗教上の理由でとかで外せないものだと……」

「そんなわけないよ。まあずっと外していると勝手に戻るけど」

「じゃあ帰り道も外せばよかったじゃない」


 風を感じてとか言っていたのを思い出して言う。


「だって危ないじゃない。ヘルメットの代わり」


 顔を守って頭を守っていないお面がヘルメットの代わりになるのかは疑問があるが、勝手に戻ってしまう不思議アイテムならそういうこともあるか、と納得して、僕はカップ麺にお湯を注ぐ。


 3分待って、ふたを開ける。


「いっただきまーす」

「……いただきます」


 そういえば、そんな習慣もここしばらくなくなっていた。

 一人でいるからこんな点もいい加減になっているのかもしれない。ちょっと反省。

 そこからしばらくはずるずると麺をすする音が居間に響き、やがてテーブルの上には空のカップ麺と箸が二膳だけ残る。


「さて、まだ大丈夫? 眠くない?」

「うん、大丈夫」


 お面を付け直したエリスの言葉に僕は答える。

 あ、でも片付けぐらいはしておきたいな。


「ちょっと待ってね」


 気になることは早めに片付けるに限る。

 僕は、ついでに麦茶を二人分グラスに入れて居間に戻る。


「いいよ」

「うん、ありがとう」


 出された麦茶を再びお面を外したエリスは一口飲んで、話を続ける。


「えっと、まず確認だけど、今回のダンジョン支配で私の方は新しい能力とかは無い。だから、今後の計画はよく考えてなるべく楽な方法をこれから考えるよ」


 そのことには問題ない。

 いや、次は遠出の必要があるのは問題だけど、もともと近場のダンジョンを手早く片付けるという目標が達成できたことはうれしい。


「それで、カナメのスキルのことだけど……」


 これが今回のメインだろう。

 スキルチップを使って手に入れたスキルは、チップを使った時点でエリスにはわかっていたと思うが、あえて聞かなかった。「悪いものじゃないよ」とのことだったので先に帰宅することを優先したのだ。


「新しいスキルは氷玉です。おめでとう!」

「氷玉? そんなのあったっけ?」


 スキルに関しては結構調べたのだけど、そういう名前の物はなかったはず。ファーストスキルに『氷結』というのはあってかなり強力だったはずだけど、後付けのスキルでは『氷刃』『氷壁』『氷塊』などはあるが、『氷玉』というのはないはず。

 〇玉、というのは低威力のもので有名で、ほぼ全属性にある。

 ただ、その中で雷玉と氷玉はなかったはずだけど……


「一般には出回ってないわよ。超レア、ユニークスキルね」

「え? すごい」


 ユニーク。

 久しく忘れていたが、その言葉に憧れていた時もあった。

 いや、今でもダンジョンへの熱意は薄れていないから憧れには違いない


「でも何でそんなすごいものがあんなDランクのダンジョンに?」

「すごくないわよ。超レアだけど全然使えないの」

「何それ? スキルは全部ダンジョン探索に有効じゃなかったの?」

「ダンジョン探索に有効なスキルだけ出回るようにしてるの。だから、作ってみたものの役に立たないスキルは出ないようにしているの。いわばボツスキルね」

「氷玉はそうなの?」

「そう、本当はボツにしたはずなんだけど、野良、じゃなくてDランクのダンジョンまでそういう管理が行き届いていなかったみたい。だから他に出ることはないはずで、正真正銘のユニークってこと」

「そんなあ」


 がっかりだ。

 せっかく他の攻撃手段を得られたと思ったのに……

 

「でも氷玉が敵に当たったら強くない?」

「当たったらね……氷玉だけはどうやっても飛ばなかったのよ……スキル担当の子が頑張ってたんだけど、結局無理だったわ」


 玉系のスキルは敵に飛ばすことができるから攻撃になる。

 水玉は威力がないけど、敵にやけどをさせられる火玉、圧縮空気の玉で敵を吹き飛ばせる風玉、直接打撃を与えることができる土玉などは探索者にも人気だ。


「あ、でも氷玉を投げたら強いかもしれないよ」


 僕はせっかくのスキルが役立たずだということに納得できないので、そのように言ってみた。


「それ、石を投げるのとどう違うの?」


 ダンジョンは、特に洞窟型のダンジョンはそこらへんに石が転がっている。

 わざわざ冷たい思いをして氷を投げなくても、投げるものならそこら中にあるのだ。


「せめて外でも使えたら氷の代わりになるんだけどねえ」


 そんな、慰めと言えるかどうかわからないエリスの言葉に重なり、グラスに残った氷がカランと音を立てるのだった。

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