3 騒がしく始まり、静かに終わる

第24話 お盆休み(1)

「おう、久しぶり、元気にしていたか?」

「カナくん、ちゃんとご飯食べてる?」


 電磁波のざわめきが増えることなく、自動車のエンジン音が近づいてきたことから、それが両親であることはすぐに気づいた。


「うん、いらっしゃい」


 僕は外に出て出迎える。

 別に普段から散らかしているわけじゃないけれど、一応ここ数日は二人を迎えるために使われていない部屋も含めて掃除をしたり、洗濯をしたり準備は万端だ。

 食事は、久しぶりにお母さんが作るから食材も含めて持ち込んでくれるとのことで、こちらでは何も準備はいらないらしい。


「まずは荷物を下ろすから手伝ってくれ」

「はーい、冷蔵庫に入れるのはどれ?」

「荷台の手前のビニール袋4つ、冷凍はクーラーボックスだから俺が運ぶ」


 身体の小さな母さんはこういう力仕事に向かない。

 今は後席ドアから布団袋を引っ張り出している。

 体積のわりに軽いから母さんでも……ああっ


「母さん、引きずってる!」

「む? 担ぎ上げればいいかな?」


 そうして布団袋を担ぎ上げる。

 重量は軽いかもしれないが、なかなか頭でっかちなシルエットになった。


「大きいから縁側の方から回り込んで……」


 そう言い残して僕はビニール袋を両手に持って台所に走る。

 冷蔵庫前にビニール袋を下ろして、居間に移動して網戸を開け、母さんが布団を運び入れるのを迎える。


「あ、ありがと」


 縁側に布団袋を下ろして、母さんはそのままサンダルを脱いで室内に入る。


「やっぱり、まだ涼しいね」

「昼近くなってくるとかなり熱くなるよ。やっぱり温暖化なのかな」

「久しぶりに聞いた言葉ね。もう一度それを心配する社会に戻さないとね」


 このままでは100年後には海水面が……

 あと30年で石油が枯渇して……

 だけど、25年後に生物が死滅している可能性の前には、そうした資源や環境の問題は棚上げになってしまっている。


「母さんは冷蔵庫の方をお願い。食材の使う順番とかあるでしょ?」

「ええ、そうさせてもらうわ」


 そして僕は自分のサンダルを履いて車の荷物を取りに行く。



*****



「せっかくだから」


 母は白いほうを選んだ。

 希釈するタイプの乳酸菌飲料だ。

 冷蔵庫には麦茶もボトルに一杯作ってあったけれど、甘いものの方がよかったのだろう。

 3人分のグラスをお盆に乗せて居間に運ぶのは僕が申し出た。

 父さんはすでに座布団を折って枕にして横になっていた。


「やっぱり疲れる?」

「そうだな、ここに来るのならもっと小さい車の方が気楽だろうが……」


ここまでの山道は狭く曲がりくねっており、神経を使う運転だったのだろう。

 仕事柄大きな車は必要で、あちらの家に駐車スペースは2台分もない。

 それに、父さんの体格は高さも幅も平均より大きく、コンパクトカーでは窮屈に思える。


「昼まではタッくんはゆっくりしていていいよ」

「そうさせてもらう……ああ、なんか力仕事がいるなら昼過ぎな」


 出された飲み物を一息に飲み干して、父さんは再び横になる。

 さて……そろそろさっきからずっと居間に浮いてニヤニヤしている幽霊にリアクションを取るべきか……

 もちろんそんなことはしない。

 両親には当面エリスのことは秘密にすることにした。

 エリスの見立てでは母さんより父さんの方が危険だ、ということらしい。

 実際に母さんはダンジョンには間接的にしか関わっていないが、父さんは実際にAラ……重要ダンジョンの奥で探索をしており、ジュリア・ウッドや彼女を手伝っている眷属と顔を合わせる機会があるかららしい。

 仮定に仮定を重ねることになるが、最悪の事態としては「エリスを殺したジュリア・ウッドが、彼女の活動再開を知り、手伝いをしている僕、さらには父さんをダンジョン内で秘密裏に害する」という可能性もある。

 ということで、母さんの隣に座って背比べをしている幽霊は無視。


「最近どう? 暇なんじゃない?」

「まあ、やることはあるから(ダンジョン探索とは言えないけど)」

「成績は……まあ心配してないけど、ちゃんと一人暮らししていけるのか心配だったのよ」

「でも何回か来てたよね?」

「それでも、せいぜい半日だったし……」


 そうか、両親と一緒に泊まるなんて、あの日以来なんだ。


「今回は何日ぐらいいられるの?」

「一応、予定では明後日までね。食材もその分しか持ってきていないし、その後にはうちの両親の顔も見に行かないと……」

「ああ大阪のおじいちゃんのところだね。そうか……年末は帰れなかったもんね」


 僕のせいで……という言葉は飲み込んだ。


「そうね、カナくんにも会わせてあげたいけど、ここまで連れてくるのはちょっとね……」


 さすがに遠いか……


「ねえ、寂しくない?」

「うん、今のところは……電話だったら話せるし、メールもあるし……」


 友達とは主にメールだ。

 メッセージアプリは携帯電話の番号が必要なので、今の環境では使えないが、有線のPCでもメールぐらいは使える。

 それによると、クニオとダイスケは高校に入って見つけた仲間とダンジョン探索をやっているらしい。向こうは気を使っているらしく、その話題は避けがちだったが、いずれ戻れた時の参考に、と主張して今ではいろいろ伝えてくれている。

 さらには、にぎやかな幽霊の友達もいるし……


「そう、それならよかった……それで……どう?」

「あ、うん」


 言われて、いつもの訓練と同じ手順をなぞる。


「一応、1対1の無線LANぐらいは何とか耐えられるようになったんだ」


 確かにうるさいが、あの日、エリスに会う以前とは全然違って短時間なら我慢できるようになった。

 これは明らかにダンジョン探索によってスキルや素の能力が鍛えられた結果だと思う。


「すごいっ、頑張ったね」

「うん、何とか来年には戻れるかも」


 4回目のダンジョンを攻略して電波スキルの習熟度は1.029。

 そのことを知って試してみたら、PCとルータ間の無線LANぐらいはなんとか我慢できるようになっていた。

 だから、このペースでスキルのレベルを上げていけば、冬には近くの集落ぐらいには出歩けるようになるかもしれないと思っている。


「そうか……カナくんは頑張ってるんだね……それに比べて……」

「そんな、研究なんてすぐに結果が出るものじゃないんでしょ?」

「それはわかってるんだけど、なかなか壁が多くてね」

「えっと……スキルを調べてるんだっけ?」

「そうだね、まず後付けのスキルの方を重点的にね。ファーストスキルはもうしょうがないとして、それを補うようなものがないかと探しているんだけど……」


 なるほど、そっちに集中しているのか……確かに、ファーストスキルは当事者以外では研究も無理だろうし……


「でも、なんというか行き詰っていて、本来あるべきスキルが見つかっていないような感じでね……」


 僕は顔色を変えないことに苦労した。

 心当たりがある。

 女神によるスキルの取捨選択だ。

 そうか、選択はダンジョン攻略に役立つかどうかという基準で行われている。

 だとすると、既存のスキルの欠点を補うスキルが役に立たないとされることもあったのかもしれない。

 さすがに母さんだ、目の付け所が違う。


「まあ、何を言っても言い訳に過ぎないんだけどね……とにかく私の方はそんな感じだ」


 そして、昼の準備をする、と言って母さんは台所に向かう。

 僕は幽霊エリスと目を合わせてうなずいた。

 後で話し合うことが増えたようだ。

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