第22話 待望の……
ボス部屋は和室。
それも板敷で壁も板張り、四隅に背の高い燭台でろうそくがともっている。
畳敷きでないのは、土足でも気が引けることがないのでありがたい。
そしてその板敷にただ一人、正座で座っているのがボスだ。
服装は和服に袴、そして上衣のようなものを、袖を通さずに羽織っている。
だけどその正体が何かなんて顔を見れば一発だ。
赤い顔面に長い鼻。
イメージ通りの天狗の姿だ。
『やった、人型』
約一名喜んでいる者はいるが、僕としては強敵に思えるので喜べない。
それでもD級ダンジョンなのだから……と僕は慎重にこん棒を構える。
いつ立ち上がる? ……今か……今か……!
突然座ったまま天狗が近づいてくる。
そうだ、天狗は飛べる。
まさか羽を使いもせず飛べるとは思いもしなかったが、ダンジョンのモンスターであれば無い話ではない。
払うか、受けるか?
僕は安全を期して受ける方を選ぶ。空振りは避けたい。
「ぐっ……強い」
そのままこぶしを叩き込んできたのをこん棒で受けるが少し外れ、だが僕の方もそれを受けてこん棒を押し込んだ結果としてこぶしが届くことはなかった。
だが、互いの押し合いではこっちの力の方が弱い。
PA、つまり筋力の倍率もようやく1%を超えたところでは、いくらD級とはいえボスにはまだかなわない……いや、もともとのやせた高1男子生徒の筋力が低いことが影響しているのかもしれない。
『ジャンプよ、空は飛んでないわ』
傍から見ていたエリスのアドバイスがありがたい。
そうか、羽を使っていたわけではない、その驚異的な脚力をもって跳んで来たのだ。
それはつまり、蹴りを出されれば危険ということになる。
僕は、距離を取って遠距離で仕留めることを考える。
(マイクロウェーブ)
もはや技名を口に出さなくてもスキルを使うことができるようになっている。
敵によっては、こちらの言葉を解して対応する可能性もあるし、そうでなくても何か叫んでいれば攻撃が来ることがまるわかりだ。
ずっと練習していたが、ようやくこのダンジョンの道中でモノになった。
僕は左右にいつでも飛びのけるよう心構えをしながら、敵にあと1発、そして様子を見てさらに1発マイクロウェーブを叩き込む。
最近気になっていたが、マイクロウェーブによる加熱は果たして血液と筋肉のどちらに影響を与えるのだろうか?
どちらでもダメージにはなると思うが、むしろ表面の組織にさえぎられることを考えると筋肉だろうか……
狙いは集中して相手の胸のあたりにしている。
これまでの経験上、マイクロウェーブを合計3発当てれば倒せるはず……
だが、まるで効いていないかのように天狗はこちらに飛び込んできた。
今度は蹴り……絶対に受けてはいけない。
僕はこん棒を振りながらその勢いも利用して右に飛びのく。
なぜ効かなかった……?
僕は混乱しながらさらに距離を取る。
攻撃を受ける心配のないエリスが浮遊したまま近づいてくる。
「どうして効かない?」
『わからない……耐性があるほど強いわけはないわ』
その答えと同時に天狗が再びこちらに飛んでくる。
初撃とは違い立った姿勢からの飛び込みはやはり鋭い。
だが、一瞬で部屋の端から端というわけにはいかないみたいで、距離を取っていた僕は何とかそれもかわす。
その時、ふと何かが耳に残った。
金属がこすれるような……そうだ、鎖だ!
よく観察してみると、和服の胸の合わせ目から何か黒いものが覗いている。
「鎖帷子か……」
それだと、遮蔽されて電磁波は到達しない、または弱まってしまうことになる。
効かないからくりはこれか……ならば!
しかしこの格闘型の敵にこっちから近づくというのは危険だ。
だから、次の機会を待つ。
再び僕は距離を取って次の飛び込みのタイミングに集中する。
来た!
今度はかわして距離を取るのではなく、受けないといけない。
僕は敵の攻撃を見逃さないようにして、蹴りをこん棒で受ける……くっ、やはり強い。
だが、そこで下段に構えていたこん棒の先端を地面に押し付け、摩擦を使って蹴りを受け止めようとする。
滑る……だけど、最悪こん棒は放り出してもいい。
実際にこん棒は蹴りによって後ろに吹っ飛ばされる。
だけどその代わり、僕は両手がフリーの状態で天狗の至近距離にいる。
まず右……
「インダクション」
たちまち天狗の胸から熱気が上がり、何かが焦げるにおいがする。
そして左……
「インダクション!」
同じ場所だとこちらも手をやけどするかもしれない、ちょうどみぞおちのあたりに左手の追撃が入る。
とっさに何か危険が迫っている感じがして、慌ててしゃがむ。
ビュン
後頭部に風を感じる。
危ない、ぎりぎりで敵のフックをかわすことができた。
僕は、前のめりになっているのでそのまま広いところを目指して前転する、ちょっと背中が痛いが、それを我慢してさらに前へ、距離を取る。
そして急いで振り向く。
もはやこん棒もないので、次の攻撃は素手でなんとかする必要がある。
だが、敵の動きはない……これは……
「やったか?」
『フラグ建築乙……とも言いがたいわね。大丈夫、ちゃんと倒してるわ』
「よかったあ……ちょっと強すぎない?」
少なくとも前回、前々回はもっとボス戦も簡単だった。
『D級の中でも少しは規模に差があるのよ……先に憑依してしまうわね』
そうなのか……
そういうのは先に言っておいてほしかった。
『よし、じゃあ変身』
高まった光の中から天狗が現れる。
あれ?
なんか小さい?
「背丈とか変えられるんだ……」
「ふふん、人型って同じモンスターでも千差万別なのよ。だから年齢性別身長体重はある程度変えられるわ」
「そうなんだ……あ、もしかして今の声が?」
「そうね、ほとんど同じにしたつもり」
「そうか、それは進歩だね」
「そうね、でも今回はカナメにもうれしいことがあったのよ」
「え?」
何だろう?
まだ電波スキルはそれほど育った気がしない。
少女天狗姿のエリスは、右手を差し出し、手のひらを開く。
そこには、緑色に何か文様のようなものが描かれている小さな板があった。
見たことはないが……
「これは……スキルチップ?」
「そう、ボスの天狗が出したの」
「中身はわからないんだっけ?」
「そうね、でもスキルを増やして悪いことは……まあ……めったにないから」
そのめったにないのを引いた相手に言うにはちょっと不適切だったかもしれない。
でも、まあ……
「スキルを増やしたらエリスにも判別つくんだよね?」
「ええ、人間の能力判定はダンジョンマスターの権限だから大丈夫。チップのままだと鑑定スキルか運営担当の女神しか無理ね……今のところ」
「じゃあ……」
僕はチップの縁をつまんで自分の手のひらに乗せる。
チップは面を体の表面に当てれば吸収され、スキルとして習得できる。
今も薄く光りながら、徐々に溶けるように、僕の手のひらに吸収された。
これでスキルは2つ。
弱点を補うようなものだといいけど……
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