第21話 特殊ダンジョン

「ふあぁあ……」

『眠いの?』

「昼に寝たから大丈夫だと思うけど、やっぱり暗いから頭が混乱しているのかな? まあ大丈夫だよ」


 すでに家を出て坂を下っている。

 漕がなくていいのは楽だが、下った分だけ上りもあるのはこの世の宿命だ。


「あ……」


 急に気が付いてブレーキをかける。


『忘れ物?』

「いや、だれかいる」


 気配はわからないが電波の臭いは隠せない……と烏丸少将みたいなことを考えながら、僕は道のわきに自転車ごと入り、ハンドルについているライトを消して隠れる。

 エリスはついてきていないが、幽霊は見えないから大丈夫だろう。


「あ、遠ざかったね」


 もう少しで折り返しの合流だから、神社の人だったのかもしれない。

 この時間に行き会うというのは不安だが、目的地は神社より手前だし付近に民家はないから大丈夫だろう。


『行けそう?』

「うん、問題ないと思う」


 そして僕は再びダンジョンに向かって自転車を走らせる。



*****



『ここね』


 エリスに導かれてやってきたのは道路からかなり入ったところだった。

 実際にはすぐ近くに道路が通っているが、この入り口から見て道路は崖の上なので、歩いて降りてくるわけにはいかず、遠回りすることになった。


「虫が多いなあ……あ、そうだ」


 僕は思いついてスキルを使ってみる。

 懐中電灯に群がっていた虫がたちまち逃げていく。


『何をやったの?』

「うん、微弱な電磁波でも虫は嫌がるかなって思って」


 実際には人間を含む大型の動物に電磁波が影響を与えるかどうかは賛否両論あってわからない。

 ただ、実際に電磁波を感覚でとらえることができるスキルを持った自分の経験でいうと、ここまで日常生活空間に電波があふれているのに、野良猫や野良犬が逃げていかないということはあんまり影響がないのだろうと思う。

 鳩なんかの方向感覚が狂うという話は聞いたことがあるが、あれは特殊な例で自然に僕のスキルみたいなものを身に着けているのだろう。何百キロも迷わず飛べるなんて超能力といってもいい。

 大型の動物に関してはそうでも、小さい虫だったらもしかして……と思ってやってみたらうまくいった。

 やはり昆虫というのもある意味人間に思いもつかないような能力を持っているのだろう。


『これで虫よけいらずね』

「眠るときはスキルを使えないから結局蚊取り線香は手放せないけどね」


 などと話しながら、僕たちはダンジョン内に入る。

 中の風景は、洞窟型ではなかった。


『道? 左右は入れそうにないわね』

「参道かな、神社の」


 内部は敵の出ない広間だったが、壁の代わりに密集した竹藪に周りを囲まれた石畳の部屋だった。

 そして、奥に続く道には赤い鳥居があり、その奥も同じように石畳の道が続いている。


「4つ目にして初めて変わった構造が出てきたね」

『まだ優しいほうじゃない?』


 火山に放り込まれるよりはそりゃましかもしれないが、話にだけ聞いていた特殊構造が普通に出てきたのには驚いた。


「とにかく進むよ」


 鳥居をくぐり、一本道に入る。

 洞窟と違い、真っ暗というわけではないが、竹が通路の上まで張り出しており薄暗い状態の石畳の道だ。

 エリスは後ろについて、いつものように灯りをともしてくれる。

 前に一度、どうせ攻撃されることがないからといって彼女に前を進んでもらったことがあったが、結局敵が狙ってくるのは僕の方だし、視界が遮られるので今の位置に落ち着いた。

 そして初めての接敵、気づいたのは彼女の方が速かった。


『右上』


 上?

 驚きながらもそちらを見ると、確かに竹の葉が落ちるのと何かの獣が飛び掛かってくるのが見えた。

 スキル? いや、右手の方が速い。

 それでも振り切るまではいかず、僕はこん棒でその敵の攻撃を受ける。

 敵は爪をこん棒に突き立てる。

 ムササビ? モモンガ? とにかくそれに類する形。

 牙をむき出し戦意充分だ。

 だが、動きが止まった骨じゃない敵に対しては、今のところ僕が負ける要素はない。


「マイクロウェーブ!」


 ぶわっと膨れ上がったのは、血が沸騰したのか毛を逆立てたのか……いやきっと後者だろう。今の僕のスキルにそこまでの威力はない。

 だが、そのままぼてっと下に落ち、動かなくなるぐらいの威力はあった。


「……はあ、こういうタイプか……」


 増援を警戒しながら、僕は落ちた敵を観察する。

 ダンジョンの敵は即座に消えたりはしないが、数分経つと崩れ落ちて消える。

 さすがに解体して肉を取るなどは、日本の食事情からしてありえないが、海外では試したことがあるらしく、しかし解体しても時間が経つと崩れ落ちるようだ。

 その代わり、モンスターは別の物を残すことがある。


『あ、チップあるよ』


 言われて見ると、死骸のすぐそばに光る小さなものを見つける。

 拾ってみると、見慣れた色をしている。


「いつもの鉄だね。外れだな」

『そうそうDランクでいいものは出ないよ。スキルチップなんてありえないし』


 これまで、重要とか一般とか、世間で言われている呼び方をしていたけれど、野良といったときにどっちか区別がつかないから、僕とエリスの間ではABCDで呼ぶことにしていた。

 重要がA、一般がB、世間での野良がCで女神が言うところの野良をDと呼ぶことにしたのだ。

 そしてDランクのダンジョンではほとんどが鉄チップ、たまに銅が混ざるぐらいでいいものは手に入らない。

 チップ自体も10gもない小さなかけらなので、集めて売るほどでもない。

 Aランクのダンジョンならば、これが金チップだったりするのでお父さんも帰ってくる頃には金チップの山を持って帰ってくるらしい。

 一度見せてもらったが、形や大きさ自体は同じだがこの鉄チップに比べるとはるかに重く、その価値が高いことを実感したものだ。


 僕は、その鉄チップをその場に捨て、先へと進むことにした。



*****



 確かに最初の攻撃には面食らったものの、Dランクのダンジョンなので注意して進めば難しくはない。

 あの後、地上にもモンスターが出たが、なぜか一本足で飛び跳ねてやってくる唐笠お化けだった。動きが鈍いので敵ではない。そして、唐笠の中には肉が詰まっていたらしくてマイクロウェーブもよく効いた。

 そしていつの間にか、いつもの扉が見える。

 今回の扉は、左右に続く壁の真ん中にある和風の門だった。


「じゃあ休憩する」


 僕は扉を見る形で竹藪に背を預けて腰を下ろす。

 ダンジョン内には虫がいないので気にならない……というか、虫は大丈夫になったんだっけ……家に帰ったら試してみよう。黒いアレとかがいたら嫌だ……いや、夜にアレが逃げ出して這いまわったりしたら嫌だな……昼間にしよう……


『何を考え込んでいるの?』

「ラスボスの倒し方」

『そう、気合は充分ってわけね』


 違うラスボスだけどね。

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