第16話 ダンジョンマスター
「うぅ……」
目覚めたときには僕は座っていた。
ボスを倒した直後は、うつぶせで寝ていたはずだが、そうなると誰かが移動させてくれたことになる。
『ああ、起きたわね』
聞きなれたエリスの声。
だけど、その声に重なってなんかカラカラと音がする。
「僕はどれぐらい寝てた……って、うわぁ!」
覗き込んでくるのが骸骨だと普通そうなるでしょ?
『しょうがないじゃない……私は憑依してるだけなんだから……』
さすがに革の鎧や剣は持っていないが、さっきまで死闘を繰り広げた相手だ。今は全身をローブ? みたいなもので覆っているが、頭はむき出しだ。
「……まあ、危険が無いならいいけど、これからずっとそのまま?」
『安心して、ちゃんと元に戻れるわよ。今は久しぶりに動く身体を楽しんでいるところ』
「そうなんだ……って、ちゃんとダンジョンマスターの力は使えるようになったの?」
『ふふん、完璧よ。当時設定した機能は隠しメニュー含め全部使えてるわよ』
隠しメニュー? なんか怪しい言葉が聞こえてきた気がするが、それはさておき。
「じゃあ帰れる? さすがにボロボロだし、汚れているから帰りたいんだけど……」
『おっけー、じゃあダンジョンの構造を変えるね。趣味の悪い墓石とか卒塔婆? とか全部取っ払って……えいっ』
するとそとからゴゴゴゴという地響きがしばらく続き、そして収まった。
『えっと、今日は疲れていると思うから、また明日にでも訪ねてくれると嬉しい。その時に今後のことを話しましょう』
「うん、じゃあね」
疲れ切った体で何とか立ち上がって、リュックとナタを持ってボス部屋入口の扉を出る。確かにダンジョンマスターの力が働いたのだろう、そこはすでに入口の狭い広間だった。もちろん、敵は一体もいない。
僕はそのままダンジョンの外へ出る。
外はもう真っ暗だった。
僕は力の入らない指で何とか苦労しながらリュックからLEDランタンを取り出し、それを掲げながら夜の山道を進む。
「ダンジョン探索のために持ってきたはずなんだけどな……」
ここまで出番がなかった灯りだったが、使い道があって良かった。
だけど、たとえ灯りがあっても夜の山道は昼と違って見えて混乱する。
なんとか、方向を覚えてたおかげで家の裏までたどり着いた。
「シャワーでいいか……」
このまま寝るというのは考えられない。
だけど湯舟に入るとそのまま意識がなくなりそうだ。
僕は半ば無意識に服を脱ぎ、シャワーを浴びる、今日一日、主にボスにやられたところが内出血で黒くなっている。
シャワーを浴びて気づいたが擦り傷も結構あるようで、全身ひりひりする。
結局、敷布団を広げたところで限界がきて、そのまま倒れこんだ。
夏だし、掛布団が無くてもいいだろう……
そんなことを思いながら、僕はようやく一日を終わらせることができた。
*****
「いててっ……」
やはり全身痛む。
でも、起き上がらないわけにはいかない。
外は明るくなっているが、まだ普段起きる時刻ではない。夏の夜明けは早いのだ。
とりあえず食事と……あとは一度ゆっくり風呂に入るか……
考えてみれば昨日の昼以降はまともにご飯を食べていない。
ご飯は炊いていないから……まあ買い置きのカップ麺でいいか……
なんか連日生活が乱れているな。
そんなことを思いながら、僕は動き出す。
「そういえば多少は強くなってるのかな……」
湯船につかりながら、ふと気になる。
いわゆるありがちなステータス表示というのは現実にはないし、経験値が一定に達すればレベルアップなんていうのもない。
だけど、確かにダンジョンで戦うことで強くなるのは確かで、それは普通に体を鍛えたのとは段違いだということが知られている。
そしてここでもダンジョン内、ダンジョンを出て直後、ダンジョンを出てリソースが抜け切った後で差がある。
その結果一般社会では、超人的な力がある探索者による犯罪というのはあまり問題にはなっていない。スポーツにしても、全員がダンジョンに入ることが義務付けられているのだから、探索による能力向上はトレーニングの一環として扱われ、大会参加資格でも区別はない。
ぐっと力こぶを作ってみる。
できなかった。
「ま、もともと筋トレとかしてなかったしな……」
でも、今回で終わりじゃない。
僕はスキルの制御のために、もっとダンジョンで修業しなくちゃいけない。
しばらくは……両親がそろって来るお盆休みまでの2週間ほどは、ダンジョンに集中しよう。
*****
『いらっしゃい』
「全然違うね」
一通り落ち着いてから裏山のダンジョンに足を踏み入れると、そこは雰囲気が一変していた。
最初の広間はそのまま、そしてそこに直接ボス部屋の扉があるのも昨日帰るときのままだけど、ボス部屋の中は部屋が四角になっていて真ん中にテーブルがあり、椅子やソファが並べられている。
『まだまだね……リソースに余りがないから装飾までは手が回らなかったし、私自身は睡眠も食事も必要ないから妥協したのよ』
「そういえば、その姿でいても大丈夫なの? 勝手にボスが復活したりしない?」
彼女は幽霊のままソファに寝そべっていたのだ。
『モンスター管理の権限自体を私が持っているから問題ないわ。だからほら……』
彼女が指を振ると煙の中から小さな影が出現する。
昨日見慣れたゴブリンスケルトンだ。
だが、今は戦闘態勢ではなく突っ立っている。
『自由に出したり消したりできるのよ』
彼女の言葉と共に、スケルトンは消え去る。
僕は勧められるままに椅子に座る。
そしてふよっと浮き上がったエリスはその体面に座る。
『改めて、ありがとう。最初の一歩だけど、ダンジョンマスターの権限が得られたのはカナメのおかげよ。本当はもっと安全にやってほしかったけどね』
「それは……そうだね。自分でもあの時はちょっとおかしかったかもしれない」
『そこは、まあ私も注意するわよ。それで……私ができることになったことがね』
エリスの説明によると、このダンジョン内では内部空間や環境をある程度変えられるらしい。そして、ダンジョンマスターに乗り移って物理的な力も発揮できるが、これもこのダンジョン内限定だそうだ。
『結局リソース次第のところがあるのよね。だから宝物をカナメに出してあげたいと思っても、元手がないの。ごめんね……あ、でも能力判定ぐらいはしてあげられるかも』
「本当? ぜひお願い」
そして彼女が目を閉じて何やら念じると、半透明のステータスボードが僕の前に……現れることはなかった。
『紙とペンある?』
超アナログだった。
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