第15話 初めてのボス戦

 確かに、人間に比べれば鈍い。

 そういう感想は得られた。

 だけど……それだけでは僕が有利ということにもならない。


「くっ……」


 敵の何度目かの攻撃をナタで受け止めていったん距離をとる。

 あまり直線的な動きの剣ではない。

 むしろ遠心力を生かした大振りの攻撃だ。

 ただ、その分重い。

 骨に加えて金属の剣自体の重さが加わるので、当たればただでは済まない。

 だから僕としては避けるか受け止めるしかない。

 

 動きが速くないので逃げる方が簡単だがその場合はより一層間合いが開いてしまう。

 そして僕の武器は間合いの短いナタだ。

 こちらから攻撃をかけるチャンスが皆無になってしまう。

 だから、今みたいにあえて受け止める。

 そしてその後で……


「でいっ!」


 剣を左に受け流し、懐に入ってナタの一撃。

 狙ったのは首だったが……残念、位置がずれて鎧の肩の部分に当たる。

 そして僕の腹に衝撃と激痛。

 それまで想像していなかった骨の膝蹴りだ。

 たまらずナタを取り落とし、後ろに転がりながら、手や足で不格好に地面を這い、距離をとる。


「はあ……はあ……」


 息が上がっている。


『大丈夫?』

「なんとか……生きてる……」

『いったん逃げる?』


 ちらっと入り口を見る、演習の壁沿いに逃げれば何とかなるかもしれない。

 状況としては、僕がもうスタミナが切れている。さっきの攻撃がずれたのも疲労で腕が上がらなかったという感じだった。そして、その武器も落としてしまっている。


『ダンジョンって、安全に探索して帰るものよ? 無理する必要なんてない』

「そうだね」

『経験を積んだんだから、次に準備してくれば楽勝よ?』

「そうだね」

『じゃあなんで、敵に向かおうとしているの?』

「なんでだろう?」


 自分でも理由なんてわからない。

 冷静に考えればここで引くのが正しい。

 ここで引いたとして失われるものは何もない。

 だけど……


「だけど、なんか引いちゃいけない気がする」

『そんな……』


 ダンジョンのランクは4つ。

 一般に知られていない最下位ランクぐらいは楽勝でクリアできないと、今後クニオやダイスケとダンジョン探索するにしても足手まといになるんじゃないか?

 せっかくスキルが使い物になるとわかったのに、その欠陥によって逃げ帰るのでは、結局ダメスキルだったということになるんじゃないか?

 自分勝手、独りよがりかもしれない。


「でも……何とかなると思うんだ」


 そう、ずっと考えていた。

 電磁波は世の中にあふれている。

 そのせいで僕は迷惑しているけれど、実家にいるときには僕も携帯、無線LAN、ワイヤレスイヤホンに電子レンジとずいぶん便利に利用していた。

 今の家では、そうしたものは厳重に金網で遮蔽した電子レンジ以外は存在しないが、その時に一瞬検討されてすぐにダメだとなった家電がある。

 構造的に遮蔽するわけにはいかないものだったから。


 僕は右手を挙げて手のひらを敵に向ける。

 電子レンジよりははるかに周波数を低く、そして出力ははるかに大きく。

 確か射程距離はずっと短いから至近距離まで近づかないといけない。

 僕は、右手を掲げたまま敵に近づいていく。

 攻撃が来る!

 上段から振り下ろされる剣を、僕は瞬きせずに見つめ、半身になってかわす。


「ぐっ……」


 かわせたとおもったが、足に当たってよろけてしまう。

 さらに横に払われる剣をかわすために、横に倒れながら飛びのく。


『ほら、やっぱり……』


 もう、返答する時間も惜しい。

 全身いたるところで打ち身があって痛い。

 幸い、相手の剣はなまくらなのでバッサリ切り裂かれたりすることはなかったが、転げまわったこともあり上も下も泥だらけだ。


 僕は起き上がり、今度はより相手の様子を観察しながらもう一度接近を試みる。

 さっきは、新しいことをするからそこに集中しようと思って失敗した。

 そもそも、近づけないと意味がない。

 大丈夫、この相手の動きだったらスキを突くのは難しくない。

 問題は……その後でちゃんと発動できるかだ。


「よしっ」


 僕はスケルトンをにらみつける。

 ただの骸骨。

 表情なんてあるわけがない、だけど何か笑われているような雰囲気を感じた。

 足は動く……僕はひそかに右手で再びさっきのイメージを繰り返す。


(周波数は50~100kHz、出力は電子レンジの3倍……いや、それじゃ効果が出るのが遅い……)


 一気に残りの全力をたたきつける! そういう気合で行くしかない。

 再び間合いに入り、剣が袈裟懸けで振り下ろされる。

 僕はしゃがんでかわす。

 髪の毛が何本か引っ張られる感触があったが、無視。

 追撃は……いや、体が流れている、チャンス。

 ボスにとっても渾身の一撃であっただろうそれは、しかしもともとがスケルトンであるという体の脆弱さによって僕でも見切れるスピードになっている。

 僕は膝を伸ばし、右手をスケルトンの川鎧の胸、金属のプレートが張り付いている場所に当てる。


「くらえ! IH」


 IH、すなわち電磁誘導加熱。

 高周波を流して金属内に渦電流を発生させ、加熱する現代電磁波家電のもう一つの頂点。

 当初は鉄鍋しか使えなかったが今ではアルミ製など他の金属も加熱することができるようになり、それは周波数を変えることで実現している。

 なんでそんなことを知っているのかというと、今の家でIHが検討されたときに本当にだめなのかどうか調べたからだ。

 AC100Vの50Hzが大丈夫なら低い周波数は大丈夫なのかと思ったのだけど、電線を流れているものと電磁波として空間に放出されているのでは違う、ということで残念に思ったことを覚えている。

 本来なら、徐々に鍋を温めるそれを、今は一瞬で金属を加熱するために大出力を集中して叩き込む。


 手元に熱気を感じ、僕は手を引っ込めてそのまま敵の斜め後ろに駆け抜ける。

 すぐに振り向く。

 ボスのスケルトンは背を向けたままだ。


 一瞬、一息……そして数秒……室内で動くものが無いまま。

 ポタリ……

 何か水滴か? 滴り落ちる音が聞こえる。

 敵越しにエリスがなんか手招きしている。


 僕は、大回りに彼女のところに移動する。

 彼女が指さす方を見ると……ああ。


 僕の攻撃が当たった場所の金属が溶けて、そのしずくが革鎧を伝って落ちている。

 当然高温の金属が通った道は真っ黒に焼け焦げているが、それより胸の金属プレートの部分は溶け落ちて、その先にやはり黒焦げになった肋骨が見えてしまっている。


『おめでとう、あなたの勝ちよ』


 その言葉に、安心したのか急に力が抜けて、僕はそのまま膝をついて倒れこんだ。

 道中と違ってここだけは石造りの床の冷たさが心地よい。

 ぼくはいつしかそのまま眠気のままに瞳を閉じた。

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