第10話 彼女の事情

「ちょっと待って! 女神って死ぬの? 生き返れたりしないの? 寿命とか無いんでしょう?」


 ちょっと矢継ぎ早に質問する僕に対して、彼女――エリス・ベルはちょっと笑い声を漏らして説明してくれた。


『そうねえ、確かに寿命は無いわよ。病気にもならないし年も取らないわね。姿かたちだって自由に決められるし……私もこのまま世界の終りまで見届けるんだって思ってたわ』


 女神というのは、実際に存在するこの世界の見守り役だ。

 人類が今の姿になる前、地球に恐竜がいたころや、大半の生物が海の中のプランクトンだったころから存在しているという。

 つまり、最低でも億を超える年月存在している。『美女』の看板に偽りありだ。

 さらに、姿かたちは自由自在らしい。『少女』の看板にも偽りがある。


『でも、確かに私は死んだ……いや、滅びた、のほうが正しいかな? そして気が付いたらこんな風に実体がない状態で宙を漂っていたのよ』

「何が原因で死んだの?」


 当人にするには失礼な質問かもしれないが、死んでも話せているからいいか、と思って聞いてみる。


『それがねえ……その前後の記憶があやふやで……どうやったら女神を殺せるのかしら……』

「殺された?」


 聞き捨てならないことを聞いてしまった。


『そう、それは確かだと思うの。病死も寿命も無い私たちだから、誰かに殺されるしかないはずよ。何を隠そう、女神の中で死んだのは私がはじめてよ。えっへん』

「威張ることじゃないと思うけど……でもその誰かって……やっぱり、ほかの女神とか?」

『他にはいない……私でもそう思う』

「もしかして仲が悪いの?」

『そりゃ……何億年も顔を合わせていれば、反りの合わない相手はいるわよ。でも、さすがにみんな最後の一線は超えないようにしていたと思うんだけどなあ……』


 現在、世界には18人(柱?)の女神が表に出てきて、世界各国のダンジョンを管理している。

 日本にはあの日テレビで記者会見をしていたジュリア・ウッドと名乗る女神が部下の『天使的な存在』を重要ダンジョンに派遣して、たまには女神自身も姿を現すことがあるらしい。

 面積からしても人口からも、女神が日本の専属になることは珍しいのだが、実は災害に強い日本を見込んで、ダンジョン発生を偏らせたらしく、ほかの国に比べてダンジョンが多く規模も大きい。

 特に東西の重要ダンジョンは世界で最大規模の異世界への通路であり、実は世界中からトップ探索者を派遣する計画もあるというのを聞いたことがある。


 さて、ここまで話していたが、エリス・ベルはもしかして復讐する気なのだろうか? それに僕が巻き込まれる……というのは避けたい。


「ねえ、もしかして殺した相手に復讐とか考えてる?」


 ちょっと考えて彼女は答える。


『ゆくゆくは……かな。だって今はただの力がない幽霊よ。それに誰がやったかすら覚えていないんだから、今はそんなことを考えてもただの妄想に過ぎないよ』

「そう、じゃあ頑張ってね。僕も来てくれればちょくちょく話相手にはなるから……」

『待って、なんでそこでなんか面倒な人に対してみたいなそっけない態度をとるのよ?』

「だってなんか面倒な人だから……」

『ぐっ……いや、でもほら、こんな美少女と仲良くできてうれしくないの?』

さわれない美少女だったらディスプレイの向こうにたくさんいるよ?」


 さわれる美少女だったら手を出すというわけではない。

 ただ、女神ということでいささか自信過剰なこの幽霊に、ちゃんと客観的に立場を思い出してもらおうというちょっとした反発心だ。実際に僕は夜中に起こされて迷惑だし……


『そう……わかったわ。せっかく悩みを解決するいい機会だと思ったのに……じゃあ今日のところは……』


 思い当たる僕の悩み……

 そこからの僕の行動は素早かった。

 電灯の紐を引っ張って明るくすると、積んであった座布団を出して彼女に勧める。


「どうぞどうぞ、あ、お茶とか用意しますか?」

『いきなり手のひらを返したわね……幽霊なんで飲食はできないわ。気持ちだけ受け取ります』


 彼女はふわふわと浮かんで座布団の上に座ったような位置に収まった。


「で、詳しく聞かせてもらえますか?」


 急にフレンドリーになった僕の態度に何か言いたげであったが、エリス・ベルは説明を始める。


『まず、私の望みはさっきあなたが言ったことに近いけど、何とか生き返れないかってこと。復讐とかなんとかは、それが解決してから気分が向けばやるけど、そっちは巻き込まないから安心して』


 女神の争いに巻き込まれる一般高校一年生は悲惨な未来しかないのでまずは安心。


『それで、その方法だけど……あ、キミ、名前は? そう、カナメね。カナメはダンジョンマスターって聞いたことある?』

「ダンジョンの一番奥にいるボスでしょ? なんか強いけど倒したら宝物が出るっていう……」


 ちなみに倒したからダンジョンクリアとかではなく、ボスも一定期間で復活する。ダンジョンも消滅したりしない。ダンジョン発生の目的から考えたらあたりまえだけどね。


『そう、そのダンジョンマスターなんだけど、魂を入れてちゃんと思考できるようにしようとしたけどうまくいかなかったのよね』


 彼女が言うには、それは異世界のかけらが衝突することへの対策にダンジョンを作ろうと女神の会議で決まった後、ダンジョンを実際に試作した時のことらしい。

 実は、ダンジョン内部のモンスターの生成に関してはエリス・ベルがメインで担当していたらしく、それを聞くとこの目の前の幽霊は女神の中でもかなり重要な立ち位置だったのがわかる。


『だから、単純に目の前の人と戦うぐらいはできても、ダンジョン全体を管理して難易度を調整したり緊急脱出させるとかいう機能は存在しているんだけどダンジョンマスターが使えていないのが現状なのよ』


 驚いた。

 実際にそんな機能は聞いたことがない。

 当然今までの5年で、ダンジョン内で死んだ探索者は多くいるが、もしそんな機能が使えていればそのうち何割かは助かったことになる。

 過保護と言えばそうなのだが、女神としてはむやみに人類を殺したいわけではなく、安全に多くのリソースを地上に持ち帰ってほしいということで、そのような機能が検討されたとのことだ。


「そんな使えないものを何で残しているんですか?」

『そういうのはダンジョン構造担当の別の女神の仕事なんだけど、全体のバランスが崩れるから作り直すとすると時間がかかるって言ってたわ。もしかすると単に面倒だっただけかもしれないけど……』


 ちょっと突っ込んで聞いたところ、ダンジョンのシステムは、構造、モンスター、スキル、宝物、内部環境など、それぞれの女神が分担して作り上げたそうだ。


『そんなわけで、ダンジョンマスターは魂のない人形なんだけど、今の私は幽霊、いわば肉体のない魂だけの存在なわけ。だから……』


 ちょっとダンジョンマスターにりついちゃおうかなって……

 そんなことを微笑みながら明るい声で女神ゆうれいは言ってのけた。

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