第9話 深夜の訪問者

 ちょっとしたハプニングもあったが、無為な夏休みの一日の刺激としては楽しめた。

 とはいえ、何が変わるわけでもなく、いつものルーティンを過ごして風呂にも入り、後は寝るだけとなった。

 昼間は汗ばむぐらいだったが、日が暮れると涼しくなってきた。

 これは山に住む一番のメリットだよな、と僕は思っている。

 最近は町だとエアコンなしには一日で体調を崩してしまうぐらいなのだ。

 

 いつものように、和室に布団を敷き、蚊帳をセットして蚊取り線香に火をつける。

 縁側の庭に面した部分はちゃんと網戸があるが、この家は構造が古いのでどこからか虫は入ってきてしまう。

 それでも蚊帳と蚊取り線香があれば、今のところ睡眠中は快適だ。


 寝床に横になる。

 目を閉じると感じられるのはちょっとした雑音のみ。

 日中起きているときはもう気にならない程度だが、こうしていると存在感を増してくる。

 この家は、実はアンテナを立てても地上波テレビの電波が入らないぐらいなので、この聞こえてくる音はAM放送かFM放送だろう。

 一時期廃止という声もあったAM中波放送だが、このような世の中になり、ひとつの基地局から広範囲に情報を届けることができるということで見直された。

 少なくともあと25年、女神たちのいう異世界のかけらの衝突が起こり、世界が滅ぶか世界が続くかはっきりした後まで放送は続けられることに決まっていた。

 

 僕に関していえば、放送の電波はそんなにうるさくない。

 波が一定でずっと同じ調子で流れているので、悪臭なんかと一緒で慣れてしまえば気にならないのだ。

 それに対して無線LANとか携帯電話とかは細かく相互にやり取りをしているので頭が揺さぶられるような衝撃が加わってくる。

 それが町中であれば周囲に無数に存在するわけだから大変だ。

 訓練でやるようなPCとルータ間の一対一通信でつらいとか言っているようでは先が遠い。


「はあ……」


 思わずため息がでてしまう。

 だけど、それで体の力が抜けたのか徐々に眠気が押し寄せてくる。

 明日も頑張ろう。

 そんなことを思いながら僕は眠気に身を任せるのだった。


『……』

『……え……』

『……ねえ……』


 夢?

 いや、自分が今見ていたのは丸いカラスに乗って土星に旅立つ夢だったはずだ。

 その夢自体いろいろ疑問もあるけど、まあ夢に脈絡とかリアリティとか求めてもしょうがない。それよりもだ……


「誰?」


 こんな山奥の民家、一人暮らしの室内で誰かの声が聞こえるというのは異常事態だ。


「盗るものなんかないよ」


 強盗だとしても、効率がいいとは言えないはず。


『誰が泥棒よ! こんなちょー美少女がそんなことするわけないじゃない』

「美少女って自分でいう人は微妙な少女、略して『微少女』だと思うんだけど」

『ひどいわね、とにかく起きなさいよ』


 言われるままに肘をついて体を起こす。

 声のした方を見ると、蚊帳を通したからだろうかぼやけた視界の中に、同じようにぼやけた女性が座り込んでいるのが見えた。


「ああ、おはよう」

『おはよう……って、なんか冷静ね』

「だって起きたらおはようでしょ?」


 見た感じ夜は明けてないのようで、外は真っ暗だった。

 僕は寝るときは豆球派なので、室内は薄明りで慣れた目では様子がわかる……って! よく見るとこの女性は……

 僕は慌てて蚊帳をめくって確認する。


「まさか、幽霊⁉」


 そう、目の前の女性はそれ自体透けていた。

 年齢はよくわからないけど10代には見えるが、僕よりは年上な雰囲気。

 髪色は豆球の光でオレンジ色の薄明りなのでよくわからないが明るめの感じがする。

 そして顔立ちは、自分でいう通り整っている……ように見える。

 なにせ全体的にぼやけているので多分そうだろうという雰囲気でしかわからないのだ。


『幽霊……なのかな?』

「そうだよね、自分で幽霊だって証明なんてできないし……」


 そもそも実在が証明されていない。


『あ、でもちゃんと死んだ記憶があるから、多分幽霊。生まれたてぴちぴちの幽霊だよ。ほら、この卵のような肌……』

「ぼやけてしか見えないんで卵肌か卵焼き肌かわからないので、ノーコメントで」

『そっかあ……』


 話している限り、生者に恨みのあるタイプじゃなさそうなのは助かる。


「それで、その幽霊さんがなんでこんなところに?」

『ああ、そうだった。いやあ、こうなってから人と話すのが初めてで、ついついうれしくなっちゃった。いやあ、いろいろ回ったけど、みんな全然気づいてくれないんだもん』

「あれ? でもはっきり……とはいえないか……ぼんやりとだけどちゃんと見えてるよ?」


 少なくとも町中に漂っていたらニュースになるレベルだ。


『普通の人には見えないみたい。多分、君のスキルとかそんなんじゃないかな?』

「え? ……ああ、そういえば……」


 ダンジョンでゴースト相手に有効という話があったけど、そう考えると幽霊なんてものも何らかの電磁気的な構造を持っていておかしくない。電波で鑑賞できる、ということなのだから。


『あ、やっぱり、心当たりあるんだよね? いやあ、さすがダンジョン、苦労して甲斐があったよ……』


 聞き捨てならないことを彼女が口に出す。


「え? それって……」


 ダンジョンを存在など明白だ。


『私の名前はエリス・ベル。ダンジョンを作った23人の女神の一人よ……生前はね』


 それを聞いて僕は思った。

 女神って死ぬんだ……

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